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藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。


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北海道内の訪問記

ちょっと興味があった場所の紹介です

石狩郡当別町 当別伊達記念館と伊達邸別館

明治4年(1871)4月、旧仙台藩岩出山一門伊達邦直が、家臣団とともに開拓したのがこの当別町で、昼なお暗い原始林を切り開き、水害、冷害のほか幾多の困難を不屈の闘魂と固い団結の力によって克服し、今日の当別町の礎を築きあげました。この記念館は、それら…

函館市若松町 「土方歳三最後の地碑」を訪問

箱館戦争の末期に土方歳三が銃弾に倒れたという一本木関門跡に近い若松緑地公園に、土方歳三最期の地碑が建っています。 明治2年(1869年)5月11日、戊辰戦争の最後の戦場になった箱館五稜郭防衛戦で新政府軍の箱館総攻撃が開始され、弁天台場が新政府軍に包…

函館山 函館要塞「御殿山第二砲台跡」を訪問

明治期に作られた要塞の砲台跡が身近に見られる所で、過去に何度か訪問する程とてもお気に入りの場所の一つです。 函館要塞は、明治29年頃から仮想敵国をロシア帝国と想定し計画され、明治30年には函館に砲兵大隊が編成されます。明治31年から函館市街と津軽…

【道南十二館】函館市志海苔町 志苔館(しのりたて)

道南十二館の一つ志苔館(しのりたて)跡は、函館市志海苔町にあり函館空港の直ぐ側にある中世の館跡で、標高17~25m程の海岸段丘縁にあり館跡からは南西側の函館山と市街地および津軽海峡、さらには遠く下北半島などを一望することができます。 画像は函館…

虻田郡豊浦町礼文華 「カムイチャシ」を訪問

豊浦町の大岸と礼文華の境目にある、海岸線を分断するように内浦湾に突き出した断崖の岬があって、その上部先端にはアイヌのチャシ跡があります。 チャシの種類は、丘先式・面崖式・丘頂式・平地式・孤島式等があり、カムイチャシは丘先式の一つです。 カム…

茅部郡森町砂原(旧砂原町) 国指定史跡「東蝦夷地南部藩陣屋跡 砂原陣屋跡」を訪問

南部藩砂原陣屋跡は、北海道茅部郡森町砂原3丁目(旧砂原町四軒町)にあり幕末に幕府が仙台、秋田、南部、津軽及び松前の5藩に蝦夷地警衛の分担を命じ、そのうちの南部藩により作られた陣屋跡です。旧砂原町市街地の噴火湾沿岸から約100m離れた標高約13m…

函館市桔梗 三陵郭といわれる場所と比遅里(ひぢり)神社

産業道路と国道5号が交差する場所の七飯側にあり、比遅里(ひぢり)神社の境内にあります。 参道から土俵及び先端部を見る 土俵から五稜郭方向の斜面肩 土俵周りの土塁は後年この土俵が作られた時代のものだと思う。だってこんな狭い所に籠もってたら砲弾一…

函館市神山 権現台場跡と旧東照宮(現:神山稲荷神社)

権現台場は函館市神山3丁目18-1にあり、五稜郭の北方を守るため急造された四陵郭との中間に位置し、地形的には四陵郭のある台地が南方に伸びた先端部の、旧東照宮があった高台に築かれた野戦陣地的なものです。 旧東照宮社殿は官軍の手により焼失し、現在は…

北斗市(旧大野町)字一本木 史跡 開拓使三角測量一本木基点(函館助基線)

勇払基線の時にも述べましたが、基線とは日本の三角測量の基点となる直線(基線)の一つであり、その両端からの角度を用いて三角網を形成して広げていく為に、基線の距離測定は精密さを要求されます。 一本木基点 北海道指定史跡 平成16(2004)年9月22日指…

北斗市(旧上磯町)野崎 国指定史跡 松前藩戸切地陣屋跡

戸切地(へきりち)陣屋跡は、幕末期の箱館開港に伴い幕府が松前藩に命じて1855年(安政2年)に作らせた陣屋で、直接的な海岸防衛を意識しないで内陸に作った出城みたいな防衛拠点です。張り出しのある砲郭も陣屋自体の防御の為の張り出しであって、街道筋や…

北斗市(旧上磯町)矢不来(やふらい) 北斗市指定史跡 矢不来台場跡

北斗市矢不来(やふらい)の急傾斜の上にある台場跡(砲台跡)で、幕末期の外国船からの防備を任された南部藩によって築かれました。 ここは函館湾の入り口にあたり、対岸の函館山の下にあった押付台場と対をなす施設です。ただ、矢不来台場と押付台場の距離…

【道南十二館】北斗市(旧上磯町)矢不来 茂別館(もべつだて)

道南十二館の一つ茂別館(もべつだて)跡は、茂辺地集落を流れる茂辺地川左岸の台地上にあり、1443年(嘉吉3)津軽十三湊(とさみなと)城主の安東盛季が南部氏に敗れて北海道に渡ってきたときに築造され、安東政季が1454年(享徳3)から1456年(康正2)まで居…

松前郡松前町 国指定史跡 松前藩主松前家墓所

松前城には観光客がいっぱい居ますが、ここは誰一人と訪れることもなくひっそりとしています。墓所を訪問する人なんて、ご先祖様を探しに来た人か、物好きな人しか居ないですよね^^; そんな私は物好きの一人です。はい。 石段右に欅の大木があり、松前氏7世…

松前郡松前町 国指定史跡 福山城(松前城)

松前城(一般的にはこっちの名前のほうが有名ですね)は、幕末期における日本最後の日本式城郭として、すでにこの地にあった福山館を拡張する形で築城されました。(1854年(安政元年)完成、面積約7万7800平方メートル、本丸、二の丸、三の丸、楼櫓6、城門1…

檜山郡上ノ国町 大滝古戦場(箱館戦争)

大滝古戦場は、上ノ国町から松前に向かう途中の小砂子(ちいさご)という集落の手前にあって、箱館戦争時に松前城を落とした旧幕府軍土方隊と松前藩兵が戦闘を行った場所です。 以下は上ノ国町教育委員会HPから。 大滝の古戦場(箱館戦争) 国道228号線の大…

【道南十二館】檜山郡上ノ国町 比石館跡

道南十二館の一つ比石館(ひいしたて)跡は、上ノ国市街地から松前方向に行った石崎という集落の、石崎川左岸に突き出した岬上にあります。岬の下には漁港があって現在は使われていない漁港トンネルもあります。 畠山重忠の一族で厚谷右近将監重政が築城した…

【道南十二館】檜山郡上ノ国町 花沢館跡

道南十二館の一つ花沢館跡は、上ノ国町にある天の川河口付近の左岸丘陵の尾根状になった所にあって、「上之国館跡」のうちの「花沢館跡」として国の史跡に指定(1977.04.12(昭和52.04.12))されました。 蠣崎 季繁(かきざき すえしげ)《 寛正3年5月12日(1…

日高郡新ひだか町静内真歌 シベチャリチャシ跡

1669年(寛文9年)、松前藩による不公平な交易などに不満をつのらせたアイヌ民族は、自身の集団間で起きた対立をきっかけに武装蜂起しシャクシャインの戦いが起きました。 シベチャリチャシはそのリーダーであるシャクシャインの拠点だった場所です。 一時期…

網走市 道の駅 流氷街道網走

網走の道の駅でお土産を物色しに行きます。 物産コーナーはかなり充実していて、大抵の物はここで買えちゃいますね。 シーズンじゃないので凄く空いています。冬期間は流氷砕氷船「おーろら」の発着場として流氷観光の拠点になります。 www.hokkaido-michino…

網走市 天都山展望台

天都山(てんとざん)は網走市内で一番高い山で、山頂にはオホーツク流氷館があり屋上には展望台(無料)があります。 国の名勝に指定されていて(1938年指定)網走湖や能取湖および晴れた日は遠く知床半島や知床連山まで展望できる場所です。 いつの間にか…

網走市 桂ヶ岡砦跡(桂ヶ岡チャシ跡)に訪問

国指定史跡(昭和10年12月24日指定) オホーツク海 をのぞむ桂ヶ岡の小高い丘に築かれたアイヌの砦(チャシ)跡で、自然の断崖を利用し周囲には壕をめぐらせています。アイヌの人々はここで相対し、交易や祭祀、チャランケ(談判)をしたことから、別名:チ…

伊達市 館山チャシ跡を訪問

館山チャシ跡は伊達市館山公園の丘陵先端部にあって、三方は崖で守られていて残る一方には二重の壕で区切られていますが、北側面は昔神社があったことから地形が改変されています。 公園の一番高いところにチャシ跡がありますが、写真右に見える細長い盛土地…

苫小牧市勇払 史跡 開拓使三角測量勇払基点(勇払基線)

基線とは日本の三角測量の基点となる直線(基線)の一つであり、その両端からの角度を用いて三角網を形成して広げていく為に、基線の距離測定は精密さを要求されます。 勇払基点 北海道指定史跡 昭和42(1967)年3月17日指定 所在地:苫小牧市字勇払132番地4…

北海道苫小牧市勇払 八王子千人同心の墓

ここ苫小牧市勇払には江戸時代後期に蝦夷地が外国からの脅威にさらされたため、武州八王子から蝦夷地の防衛と開拓のために入植した人たちがいました。 勇払地区 勇払の地名由来はアイヌ語であるが、その解釈ははっきりしていなく古い文献では、津軽一統志は…

夕張市 北海道指定文化財 石炭の大露頭「夕張二十四尺層」

1888(明治21)年に北海道庁の技師であった坂市太郎が発見した露頭のうちの一つ。この炭層の発見から2年後に夕張での炭鉱開発が行われたことから、炭都・夕張の出発点と言える。 国内ではほかに例のない大規模なものであり、天然標本として教育・自然科学的…

山越郡長万部町 史跡 東蝦夷地南部藩ヲシャマンベ陣屋跡に訪問

南部藩ヲシャマンベ陣屋跡は、北海道山越郡長万部町陣屋町にあり幕末に幕府が仙台、秋田、南部、津軽及び松前の5藩に蝦夷地警衛の分担を命じ、そのうちの南部藩により作られた陣屋跡です。 神社下にある説明板と碑 史跡 東蝦夷地南部藩ヲシャマンベ陣屋跡 …

檜山郡江差町 鴎島に行ってきました。

鴎島は江差の町の沖にある小島で現在は陸地と繋がっていますが、昔は繋がってはいなかった模様です。かもめが羽を広げたような形をしています。 大正6年測図地形図 かつて、かもめ島がまだ弁天島と呼ばれていたころ、天然の良港を築くこの島はニシン漁や北前…

江差町 アネロイド気圧計

江差町姥神町の街道が大きく曲がる付近に立っています。江差商人の関川家が、地域住民のために設けました。円形の盤面には天候を表す「Very Day」「Fair」「Rain」「Storming」という英語が記されています。 アネロイド気圧計 以下は檜山振興局HPから 直径30…

伊達市有珠町 有珠善光寺に行ってきました。

有珠といえば善光寺てな感じで中学生時代にも学校の行事で行かされましたっけ。その当時は古いお寺にはなんにも興味が沸くわけもなく、ただ漫然と見ていただけでしたが、改めてうん十年ぶりに訪問です。 以下は大臼山善光寺HPより。 天長3年(826年)、比…

伊達市有珠町 大臼山善光寺地蔵堂に行ってきました。

大臼山神社参拝後に200mほど進んだところ、何やらちょっと気になったもので車を停めて見に行きました。 有珠善光寺は平安時代に開基されたお寺ですが、室町時代になると和人とアイヌとのコシャマインの戦いの時に災され一時荒廃していたのを、松前藩が江戸…


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