藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。

【御朱印】登別市 刈田(かった)神社

刈田神社(かったじんじゃ)は、北海道登別市中央町6丁目24-1(幌別地区)にある神社で、旧社格は郷社。例祭日は8月23日。 創祀は平安時代末期に妙見菩薩を祀った祠とされる。

登別市

登別市(のぼりべつし)の市名はアイヌ語の「ヌプㇽ・ペッ」(nupur-pet 色の濃い・川)に由来していて、温泉により川の色が白く濁っていることによるものである。江戸時代に松前藩によって「ホロベツ場所」が開かれ、1838年天保9年)岡田半兵衛が場所請負人となった。1845年(弘化2年)松浦武四郎が現在の登別温泉を初めて立ち寄り、1857年(安政4年)になると岡田半兵衛が登別温泉までの新道を私費で整備し、翌年に湯治止宿小屋を建てた。また、同年には滝本金蔵がホロベツに移住しました。

 1869年(明治2年)伊達藩白石片倉家第12代当主片倉邦憲は戊辰戦争で敗れて家臣が困窮するのが確実なため、かねてから申請していた蝦夷地開拓嘆願書が認められて、新政府より分領支配を命じられます。明治3年(1870年)7月 - 片倉家の第一陣として、黒澤源一郎友清・桐軍治・榛澤蔵松・杉山与一郎らによって鷲別の開拓がはじまる。

 1871年明治4年仙台藩白石城城主・片倉小十郎(片倉氏)の家臣600余人が北海道開拓のため「咸臨丸」などで出帆。うち、67人が札幌の月寒(つきさっぷ)に入植し開墾始め、のちに白石村と命名。(咸臨丸は1871年明治4年)9月19日 (旧暦)、片倉氏の旧臣401名を移住させる目的で北海道小樽へ向け出航したが、輸送途中、北海道木古内町泉沢沖で暴風雨(米人船長の操船ミス説も存在)により遭難し、サラキ岬で破船、沈没する。という悲しい出来事もあります)

 1919年(大正8年幌別村・登別村・鷲別村が合併し、二級町村となる幌別村誕生。のちに登別町となり現在の市へと発展します。

刈田神社

以下は北海道神社庁サイトから。

【由緒】
 刈田神社は登別市中央に鎮座し御祭神は保食神日本武尊大物主神を奉斎し北海道最古の神社として住民の生活と平安そして開拓を守護して来た。当社創立年代は明らかではないが古く幾百年の歴史を有し、幕政時代の蝦夷誌絵図などに妙見菩薩、弁天堂あるいは妙見稲荷社という記載がある。神仏混合時代に来往した和人が先住者と共に衣食住の守護神として保食神を奉斎したものと思われる。其の後天正17年(1589)胆振に六領がおかれ産業通商航海交通の守護神として社殿鳥居が建てられ亦明治3年白石城片倉小十郎邦憲家臣が150余名を従え守護神白鳥社日本武尊の神霊を奉じ移住合祀し、又四国よりの開拓者は4国金刀比羅宮の祭神大物主神の神霊を奉じ移住合祀した。明治8年幌別村鷲別村登別村の郷社と公称遠くは胆振の国六領の守護神また奥州白石領の守護神として幾多の変化にも常に変る事なく御神徳を明らかに住民を守護されてきた。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
妙見稲荷社神社 保食神 明治3年合祀

【所在地】
〒059-0012 登別市中央町6丁目24番地
電話 0143-85-2460 FAX 0143-88-3618
【例祭日】
8月23日
【祭神】
保食神(うけもちのかみ)
大物主神(おおものぬしかみ)
日本武尊(やまとたけるのみこと)
【旧社格
郷社

【社宝等】
神鏡
片倉家陣太鼓

【境内外末社
三貴子神社 天照皇大神 月讀命 建速須佐之男命
大山祇神社 天之御中主大神 大山祇大神 少彦名命(すくなひこなのみこと) 大己貴神(おおなむちのかみ)
祖霊舎 氏子の祖霊
相馬妙見神社 生馬神(いくまのかみ) 保馬神(やすまのかみ)

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春日灯篭は立派ですね

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御神門があると重厚さが増します。

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手水舎は補修中

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これ、冷泉ですね。湯の花らしきものもついてますし少し匂います。

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まゆげー

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開拓記念碑

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大山祇神社

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地神碑と馬頭観音

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三貴子神社

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忠魂碑

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明治天皇御駐輦記念碑 明治14年9月4日に明治天皇が御巡幸した際にこの地に立ち寄ったのを記念して。

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奉祝大婚之碑 1900年(明治33年)5月10日東宮殿下(後の大正天皇)の成婚式挙行を記念して。

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御朱印

参道左側の路地から入ると立派な駐車場があります。

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社務所も社殿左側にありそこで頂けます。

初穂料は300円。

忙しい中でも親切に対応して頂きありがとうございました。

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