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藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。


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【御朱印】茅部郡鹿部町 鹿部稲荷神社

 鹿部稲荷神社(しかべいなりじんじゃ)は北海道茅部郡鹿部町字宮浜321番地にある神社で旧社格は村社。御祭神は倉稲魂命(うがのみたまのみこと)で例祭日は7月9日。

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 海岸沿いにあった、国道278号のバイパスが山側に完成して、旧道となった道路は交通量も落ちて寂しくなりましたね。ただあの狭い街道を、神社にアクセスする分には行きやすくなりました。

 創建は1780年(安永9年)で、古くから栄えた道南地方の中では、意外と遅い創建の部類に当たるんじゃないのかな?

 境内には狛犬はいるのですが狛狐はいませんでしたね。あと、狛犬の昭和4年建立が一番古く、それ以前のものはありませんでした。

鹿部町

 鹿部の地名由来はアイヌ語で、

シケペ<sike-pe>背負う・所…永田方正説〈文法上sikeにpeは付かない。…山田秀三解〉

シカウンペ(シケウンペ)<sike-un-pe>負う所 シカウンとは物を負うこと。うしろに内浦山またはシカベ山を負っているため。…上原熊次郎説〈おそらく、舟から荷をここで背負って内陸に入ったので、この名が付いたのだろう。…山田秀三解)

と、複数の説がありますがシカウンペ説のほうが有力とされています。

 ここで出てくる内浦山とは江戸時代には内浦岳と呼ばれていた駒ヶ岳のことです。

 wikiや鹿部町HPでは《町名の由来はアイヌ語の「シケルペ」(キハダのあるところの意)から。》となっていてドコ説???と思ったら「角川日本地名大辞典」のジョン・バチェラー説なのですね。角川に載っているのはちょっと疑問がありますがアイヌ語地名はいろいろな説があるのでなんとも言えません。

 鹿部は駒ヶ岳の噴火による降灰の被害も度々受けていて、1929年(昭和4年)の噴火の際は死者2名・負傷者4名・全焼全壊家屋335棟・半焼半壊半埋没家屋515棟及び耕作地(牧場含む)1700haといった大きな被害を受けます。

 また、鹿部温泉では道内でも珍しい間欠泉があって1924年(大正13年)の温泉試掘中に見つかった時の記録では、約10分間隔で約100度の温泉が地下26メートルから湧き上がって地上15メートル以上噴き上がり、噴出量は約500リットルある。となっています。現在は地上10mの位置に蓋があって飛び散らないようになっています。

大正4年測図地形図

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鹿部稲荷神社

以下は北海道神社庁サイトから。

【由緒】
 安永9年6月10日漁業守護神として松前藩領主松前道長公に請願。社殿の建築落成の上御霊代の御遷座祭を斎行する。文化3年7月8日社殿の腐朽により本殿拝殿再建落成の上御遷座。後鹿部村の産土神社と定め届出、鹿部稲荷社と号した。嘉永2年伏見稲荷神社より御分霊を戴き祭神とする。安政4年奥州箱館奉行所を経由日本惣本宮より正一位鹿部郡稲荷大明神安鎮之事の宜贈を賜り鎮魂祭を執行する。明治7年箱館郡役所を経由鹿部稲荷社午村社稲荷神社と御昇格の御指令を賜る。明治37年社殿の全面改築落成の上御遷座祭を斎行する。昭和元年渡島支庁経由鹿部稲荷神社を神饌幣帛料供進指定神社となる。昭和19年大修繕を行い同31年宮浜56番地より現在地に移転増改築する。その後社殿腐朽により全面改築をし総桧木材で権現造の社殿を建立し平成6年12月22日遷座祭、翌23日落成奉祝祭を斎行し現在に至る。
【所在地】
〒041-1403 茅部郡鹿部町字宮浜321番地
電話 01372-7-2149 FAX 01372-7-2183
【例祭日】
7月9日
【祭神】
倉稲魂命(うがのみたまのみこと)
【旧社格】
村社

【特殊神事】
松前神楽 鹿部太鼓
【境内外末社】
大岩稲荷神社(おおいわいなりじんじゃ) 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)

旧国道に面した一ノ鳥居

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二ノ鳥居

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手水舎

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社殿移転改築落成記念碑(裏面は削り取ったのか何も書かれていません)

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狛犬(昭和4年5月建立)

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社殿右側一角にある忠魂碑(大正9年11月建立は4度移転して現在地に落ち着いたようです)と昭和年建立戦没者個人墓碑57基

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御朱印

入り口はわかりにくいけど、広い駐車場と社務所があります。

参拝時は不在でしたが、お留守番のおばあちゃんにポチ袋に入れた「初穂料300円」と、なるべく丁寧に書いたつもり^^;の「送付願いの手紙」と、「レターパックライト」を渡してお願いしましたら、後日、御朱印がパンフレットと共に送付されてきました。

ありがとうございました。

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www.moiwa-orosi.com


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