page contents

藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう 最近ちょっとお疲れ気味。

【御朱印】上川郡新得町屈足 屈足神社(くったりじんじゃ)

屈足神社(くったりじんじゃ)は、北海道上川郡新得町屈足緑町4丁目37番地にある神社で旧社格は無し。御祭神は天照坐皇大神(あまてらしますすめおおかみ)で例祭日は9月11日。

新得から鹿追に向かう十勝川の近くの中間地点に集落はあり、神社はその市街地の北側にありました。それほど広くなく細長い境内地の参道は約100mほどで草が茂っておりちょっと寂しい感じもします。

社殿脇には力石が置いてあり、こういうのは久しぶりに見たかも。

屈足(くったり)地区

 明治21年(1888年)開拓民受け入れのため北海道庁の植民地選定調査で屈足原野が植民地として選定され、明治35年(1902年)5月に鹿児島県財部村上原善之助ら7戸が入植したのが始まりです。(入植は9戸のはずでしたが、移動途中に佐幌高台からみた屈足原野は原生林が生い茂り、この状況を見た2戸は移住を諦め郷里に帰ったとか…)

 屈足の地名由来はアイヌ語から来ていて、北海道環境生活部アイヌ政策推進局アイヌ政策課「アイヌ語地名リスト」では、

クッタイ[クッタシ]<kuttar-us-i>イタドリある所[イタドリ・群生する・所](今でもイタドリの多い所である。)永田方正地名解(山田秀三補足説明)

とあります。

かつて当地には鉄道(北海道拓殖鉄道)が走っており屈足駅もありました。1928年(昭和3年)開業~1968年(昭和43年)廃止

ちなみに現在の新得町は、屈足村からの改名なのです。

大正9年測図、昭和6年鉄道補入地形図

屈足神社

以下は、北海道神社庁サイトから。
【由緒】
 明治40年9月、太田常右衛門・平槌五郎ら11名によって字屈足基線52番地(27号風防林地内)に建立されたことに始まる。その後、大正後期から昭和初期にかけて屈足22号付近に市街地が発展していったことから、昭和17年、将来の神社移転予定地として現在地の一部を取得した。同39年10月、社殿の老朽化によって市街地中心部に移転して新たに社殿を造営しようという気運が高まり、屈足神社移転造営期成会が設立され、同41年11月23日に屈足緑町4丁目23番地(屈足基線22号付近)に鳥居・拝殿・神殿等を造営した。同60年、現在の金属製の鳥居を建立、平成元年には狛犬が奉納されている。平成元年10月、神社本庁より認証を受け、翌平成2年1月22日には宗教法人屈足神社の認可を得た。平成19年、御創祀100年記念事業として、神楽殿・鳥居の修理等を行い、11月奉祝祭が斎行された。
【所在地】
〒081-0163 北海道上川郡新得町屈足緑町4丁目37番地
【例祭日】
9月11日
【祭神】
天照坐皇大神(あまてらしますすめおおかみ)
【旧社格】
-

 

石灯籠一対(平成6年6月建之)

 

手水舎(手水石は昭和6年9月◯日奉納)

 

狛犬一対(平成元年9月建立)

 

社殿左隣りに力石(重さ120kg)

 

奥に資材庫

社殿右隣に神輿殿

更に右手の下がった平地に馬頭観音が祀られた小祠(横倒しになってる石柱には昭和5年2月15日建之とあります)

台座には昭和2年6月17日建之と刻まれています

 

 

ツルッとして文字はないがこれも馬頭観音碑であろう

御朱印

本務社である新得神社で受けることができます。

 

書き置きかと思いきや御朱印帳に直書きして戴きました。

御朱印ありがとうございました。

www.moiwa-orosi.com