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藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。


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【御朱印】赤平市茂尻 茂尻出雲神社

茂尻出雲神社(もじりいずもじんじゃ)は北海道赤平市茂尻元町北1丁目21番地にある神社で旧社格は無格社。御祭神は素盞嗚命(すさのおのみこと) 、大國主命(おおくにぬしみこと) 、大山祇神(おおやまつみのかみ)で例祭日は9月2日。正式名称は出雲神社ですが、地名を付けた通称の茂尻出雲神社を使用させていただきます。

 神社は空知川左岸側の出雲公園の隣りにありますが、その参道は長く国道から始まっています。ここの神社の特徴はあいだに道路を一本挟んだ先からの参道にある狛犬たちで、4対の狛犬がいてそのうち1対は手水舎にいます。

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社号標は紀元二千六百年記念(昭和15年9月建立)

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茂尻地区

 大正7年に炭鉱と共に開業した茂尻駅から茂尻と呼ばれるようになりましたが、それ以前は下平岸という地名でした。

 赤平と芦別の中間に位置するこの地域には、かつて茂尻炭鉱があり1918年(大正7年)大倉鉱業により開坑し、1931年(昭和6年)茂尻炭鉱株式会社として独立し操業しました。1935年(昭和10年)に三菱鉱業株式会社が買収し、雄別炭鉱鉄道株式会社茂尻鉱業所となります。この炭鉱の最盛期は1960年代であるが、1969年(昭和44年)に茂尻炭鉱で死者19名負傷者24名を出すガス爆発事故発生し、この事故対応によって急速に資金繰りが悪化、1970年(昭和45年)に雄別炭礦株式会社は解散。茂尻炭鉱を含む全炭鉱を閉山しました。 

 茂尻(もじり)の地名由来はアイヌ語のモシオマナイ、モシケソマナイ<mosir-kes-oma-nay>島・の末端・にある・川(島の下手にある川)の左記の上部をとったもの。〈ここは空知川の中に長い島があって、それがモシリ( mosir=島)であった。空知川の南岸側には、その島のある所に、モシリ・パ・オマ・ナイ(島の・上手・にある・川)、モシン・ノシケ・オマ・ナイ(島の・中央・にある・川 mosir の語尾が続く語のnに引きつられてaに変わった形)とこの川の三本の支流が注いでいた。〉{現在の川名は桂川。駅名の茂尻は「もしり」。}

大正6年測図地形図 下平岸の地名があり茂尻炭鉱が操業する前であり、茂尻駅もまだ開業していないですね

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茂尻出雲神社

以下は、北海道神社庁サイトから。

【由緒】
 明治天皇の御聖恩に依り北海道開拓の業進むといえども明治23年に於ける空知川沿岸は原始林深く昼暗くして昼夜は弁ぜず熊狐出没し蛇類爬行す。明治23年夏頃より歌志内を経てアイヌの人々が熊狩を行うという峽路を辿り空知川に沿いて上は富良野、下は赤平に農地を尋ぬる者本州各県より来る。当時歌志内村に居住せる某等対岸の南面して耕地に適するを知り筏を組んで空知川を渡り開拓の鍬を下す。今日の百戸なり。即ち茂尻も亦人影を見る。之を赤平農村の元始とする。先駆者達は勇健の神素盞嗚尊祭神を小祠を建て奉祀し、明治31年9月空知川河勢俄かに加わり作物の大半は流失す。住民辛うじて神祠の御神璽と家財を擁して難を免る。大正6年大倉喜八郎茂尻に採炭の業を始める為大正15年9月現在の地に遷座す。昭和5年8月27日昭和天皇即位の御大典を記念し、金1,500円也を以て平岸の宮大工武藤伊兵衛に依頼社殿を造営す。同時に大國主命を合祀して御社号を出雲神社と称する。
【所在地】
〒079-1268 赤平市茂尻元町北1丁目21番地
電話 0125-32-2849 FAX 0125-32-2849
【例祭日】
9月2日
【祭神】
素盞嗚命(すさのおのみこと)
大國主命(おおくにぬしみこと)
大山祇神(おおやまつみのかみ)
【旧社格】
無格社

道路を一本挟んだ先の参道からは狛犬や石灯籠などが並びます。 

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 狛犬(昭和18年5月建立) スラッとして姿勢も良い狛犬ですね。結構格好良い顔付きしてます。

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狛犬(建立年不明、台座は平成11年9月)こちらもスラッとして小顔ですが首が長く見えます。

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二ノ鳥居は軟石鳥居(昭和47年6月建立)

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手水舎 水盤は自然石を滑らかに彫ったものです。

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両脇には花崗岩の狛犬(建立年不明)

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石灯籠(建立年不明) 

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狛犬(昭和8年8月建立) 阿形の片耳が無くなっています。

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参拝方法は通常の二拝、二拍手、一拝で、出雲神社だから出雲大社と同じとは思ってはいけません。

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拝殿左には趣のある石灯籠(欠けて山燈籠っぽくも見えます)

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拝殿右には鎮魂碑(昭和10年5月建立)

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御朱印

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社殿左側に社務所がありますが、その日は宮司さんが不在であり、外で草木の手入れをしていた奥様に、丁寧に書いたつもりのお願いの手紙と、ポチ袋に初穂料300円とスマートレターを大きな封筒に入れてお渡し致しましたら、後日お詫びの手紙と共に御朱印が送られてきました。

御朱印ありがとうございました。

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www.moiwa-orosi.com

 


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