page contents

藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう 最近ちょっとお疲れ気味。

【御朱印】函館市弁天町 函館厳島神社

函館厳島神社(はこだていつくしまじんじゃ)は北海道函館市弁天町9-9にある神社で、神社庁包括外の単立神社です。旧社格は村社。御祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、八重事代主命(やえことしろぬしのみことで例祭日は7月20日。

f:id:ksn-bee:20190602170055j:plain

f:id:ksn-bee:20190602170118j:plain

 函館厳島神社は江戸時代「弁財天社・弁天社」と呼ばれていた。亀田八幡宮の神職が漁期に来て豊漁祈願したのが始まりといわれ、『津軽一統志・寛文九年』(1669)頃にも「弁才天」と記しているから、その頃には存在していたと思われる。また『福山秘府』には、宝永6(1709)年「泉州堺鍋屋五郎兵衛と申者願に付造替、此節神体を安置」と記されている。弁財天社は明治初年(明治政府の神道国教策によるものと推察する)に市杵島(いちきしま)神社と、後、厳島神社と改称された。因みに町名の弁天町は「弁天社」に由来している。函館の他、道内にも『弁天』という地名は多く残っている。
 松前・石狩・増毛・紋別・羽幌・小樽・根室(弁天島)・厚岸(弁天島)・釧路(弁天ケ浜)・苫小牧(弁天・弁天沼)など、いずれも港町で弁才天または市杵島姫命を合祀してきた。この弁天社は江戸末期には40社を数えたと記録に残る。

 明治12年の「開拓使函館支庁管内神社明細帳」(道文蔵)に[市杵島神社 弁天町 村社 勧請年不詳。砲台より慶応2年に遷る。]とある。

 絵葉書 撮影念不明

f:id:ksn-bee:20190602170051j:plain

f:id:ksn-bee:20190602170048p:plain

 手水舎 (手水鉢には奉納 文政六癸未年正月 願主 伊達氏 栖原氏とあり、1823年の事で願主は当時の場所請負人の名前です。余談ですが石狩弁天社の鳥居(現:石狩八幡神社鳥居で文化10年(1813年)奉納)にも一族の栖原屋半助の名前が刻まれています)

f:id:ksn-bee:20190602170131j:plain f:id:ksn-bee:20190602170147j:plainf:id:ksn-bee:20190602170158j:plain f:id:ksn-bee:20190602170210j:plain

台座には港祭記念昭和十年七月一日とあり、船の錨と九二式七粍七機銃留式7.7mm機銃)が置いてあります。

f:id:ksn-bee:20190602170222j:plain f:id:ksn-bee:20190602170235j:plainf:id:ksn-bee:20190602170248j:plain

一ノ鳥居(天保8年(1837)に、加賀国橋立(石川県加賀市)の船頭たちが寄進した石鳥居)

f:id:ksn-bee:20190602170301j:plain

左:天保八丁酉歳三月吉日 辨天宮講中世話方 池田屋博六 江別屋博右衛門 蛯子長兵衛

右:奉寄進 加州橋立浦廻船中(現在の石川県加賀市地方)

とあり北前船主からの奉納である。《余談だが江差鴎島の厳島神社は[天保九年戊戌三月吉日 奉献 加州橋立船頭中]とありました》

f:id:ksn-bee:20190602170322j:plain f:id:ksn-bee:20190602170311j:plainf:id:ksn-bee:20190602170412j:plain f:id:ksn-bee:20190602170423j:plain

方向石 方位石とは「方位」を見定める石のことで、一般的には方角石と呼ばれ、 江戸時代から明治初期にかけて、回船業者や漁師が天候予測のため、港の見える小高い丘に置いたものと、 単に置磁石的なものとして、高い山やある地点に置いたものがあります。

f:id:ksn-bee:20190602170333j:plain

上面には十二支方位が刻まれています。

側面には「當所大町 米屋手船 金晴丸喜左衛門 嘉永七甲寅年 海上安全」とあり嘉永7年は1854年のことです。

f:id:ksn-bee:20190602170344j:plain f:id:ksn-bee:20190602170356j:plain

 鳥居傍の手水鉢には、「奉納 大坂昆布屋廻船中 天保九戊戌年五月吉日」とあり天保9年は1838年のことです。北前船で運ばれた昆布は、江戸時代から大坂(大阪)の主要な産品でありました。

f:id:ksn-bee:20190602170435j:plain f:id:ksn-bee:20190602170504j:plainf:id:ksn-bee:20190602170521j:plain

御神木?のイチョウは推定樹齢150年

f:id:ksn-bee:20190602170535j:plain f:id:ksn-bee:20190602171541j:plain

六角雪見灯籠(珍しいですよね)
明治36年建立、土台には大阪や京都の商人の名前が連なっています。

f:id:ksn-bee:20190602170622j:plain f:id:ksn-bee:20190602170610j:plainf:id:ksn-bee:20190602170635j:plain f:id:ksn-bee:20190602170646j:plain

弁財天の看板とちょっと読めなかった石碑

f:id:ksn-bee:20190602170559j:plain f:id:ksn-bee:20190602170657j:plainf:id:ksn-bee:20190602171733j:plain

左は道祖神と右に稲荷社

f:id:ksn-bee:20190602170742j:plain

となりには弁財天・恵比須堂

f:id:ksn-bee:20190602170909j:plain

手水鉢の一種なんでしょうか?

f:id:ksn-bee:20190602170924j:plain

狛犬(慶応四戊辰年五月吉日、北前船主の奉納)

江戸時代最後の年で1868年10月23日(慶応4年9月8日)には 明治天皇の即位による改元が行われます。

f:id:ksn-bee:20190602170833j:plain f:id:ksn-bee:20190602170822j:plainf:id:ksn-bee:20190602170843j:plain f:id:ksn-bee:20190602170853j:plain

f:id:ksn-bee:20190602170751j:plainf:id:ksn-bee:20190602170802j:plain f:id:ksn-bee:20190602170010j:plain

御朱印

社務所前に1台くらいの駐車スペースがあり路駐は避けられそうです。

初穂料は300円納めさせて頂きました。

御朱印ありがとうございます。弁財天のスタンプも頂けます。

f:id:ksn-bee:20190602170021j:plain 

f:id:ksn-bee:20190602170039j:plain

弁財天のスタンプは別紙にて無料配布

f:id:ksn-bee:20190602170031j:plain

www.moiwa-orosi.com