藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。


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【御朱印】函館市弁天町 函館厳島神社

函館厳島神社(はこだていつくしまじんじゃ)は北海道函館市弁天町9-9にある神社で旧社格は村社。御祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)で例祭日は7月20日。

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 函館厳島神社は江戸時代「弁財天社・弁天社」と呼ばれていた。亀田八幡宮の神職が漁期に来て豊漁祈願したのが始まりといわれ、『津軽一統志・寛文九年』(1669)頃にも「弁才天」と記しているから、その頃には存在していたと思われる。また『福山秘府』には、宝永6(1709)年「泉州堺鍋屋五郎兵衛と申者願に付造替、此節神体を安置」と記されている。弁財天社は明治初年(明治政府の神道国教策によるものと推察する)に市杵島(いちきしま)神社と、後、厳島神社と改称された。因みに町名の弁天町は「弁天社」に由来している。函館の他、道内にも『弁天』という地名は多く残っている。
 松前・石狩・増毛・紋別・羽幌・小樽・根室(弁天島)・厚岸(弁天島)・釧路(弁天ケ浜)・苫小牧(弁天・弁天沼)など、いずれも港町で弁才天または市杵島姫命を合祀してきた。この弁天社は江戸末期には40社を数えたと記録に残る。

 明治12年の「開拓使函館支庁管内神社明細帳」(道文蔵)に[市杵島神社 弁天町 村社 勧請年不詳。砲台より慶応2年に遷る。]とある。

 絵葉書 撮影念不明

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 手水舎 (手水鉢には奉納 文政六癸未年正月 願主 伊達氏 栖原氏とあり、1823年の事で願主は当時の場所請負人の名前です。余談ですが石狩弁天社の鳥居(現:石狩八幡神社鳥居で文化10年(1813年)奉納)にも一族の栖原屋半助の名前が刻まれています)

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台座には港祭記念昭和十年七月一日とあり、船の錨と九二式七粍七機銃留式7.7mm機銃)が置いてあります。

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一ノ鳥居(天保8年(1837)に、加賀国橋立(石川県加賀市)の船頭たちが寄進した石鳥居)

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左:天保八丁酉歳三月吉日 辨天宮講中世話方 池田屋博六 江別屋博右衛門 蛯子長兵衛

右:奉寄進 加州橋立浦廻船中(現在の石川県加賀市地方)

とあり北前船主からの奉納である。《余談だが江差鴎島の厳島神社は[天保九年戊戌三月吉日 奉献 加州橋立船頭中]とありました》

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方向石 方位石とは「方位」を見定める石のことで、一般的には方角石と呼ばれ、 江戸時代から明治初期にかけて、回船業者や漁師が天候予測のため、港の見える小高い丘に置いたものと、 単に置磁石的なものとして、高い山やある地点に置いたものがあります。

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上面には十二支方位が刻まれています。

側面には「當所大町 米屋手船 金晴丸喜左衛門 嘉永七甲寅年 海上安全」とあり嘉永7年は1854年のことです。

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 鳥居傍の手水鉢には、「奉納 大坂昆布屋廻船中 天保九戊戌年五月吉日」とあり天保9年は1838年のことです。北前船で運ばれた昆布は、江戸時代から大坂(大阪)の主要な産品でありました。

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御神木?のイチョウは推定樹齢150年

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六角雪見灯籠(珍しいですよね)
明治36年建立、土台には大阪や京都の商人の名前が連なっています。

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弁財天の看板とちょっと読めなかった石碑

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左は道祖神と右に稲荷社

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となりには弁財天・恵比須堂

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手水鉢の一種なんでしょうか?

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狛犬(慶応四戊辰年五月吉日、北前船主の奉納)

江戸時代最後の年で1868年10月23日(慶応4年9月8日)には 明治天皇の即位による改元が行われます。

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御朱印

社務所前に1台くらいの駐車スペースがあり路駐は避けられそうです。

初穂料は300円納めさせて頂きました。

御朱印ありがとうございます。弁財天のスタンプも頂けます。

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弁財天のスタンプは別紙にて無料配布

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www.moiwa-orosi.com

 


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