藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。

【御朱印】札幌市北区 篠路神社

篠路神社(しのろじんじゃ)は、北海道札幌市北区篠路4条7丁目2番にある神社で旧社格は村社。

創建は1855年安政2年)ですから歴史がありますよね。

篠路地区

さっぽろ文庫第1巻「札幌地名考」から

篠路町篠路(しのろちょうしのろ)
 古図には篠路川(現・琴似川)が伏篭川に入るところを「シノロフト」と示している。アイヌ語の「シノロ・プト」(篠路川の口)であるが、『篠路村史』(昭和三〇年)によると「スウォロ」(鍋を浸しておく所)からきているという。しかし、多くの文献では意味不明となっていて確説がない。
 篠路の名は『元禄郷帳』に「六夷部の一なり」とあり、寛政年間調べにも鮭漁場の石狩十三場所の内に数えられていた。安政五年(一八五八)に幕吏荒井金助が早山清太郎に命じて農家八戸を入植させたのが村の始まりで、明治元年(一八六八)には三二戸になっていたという。
 地名の変遷を簡記すると、慶応三年(一八六七)まではシノロの名称はそのままに、局地的に荒井村と呼んだようである。正式に村名を「篠路村」と決めたのにも異説があり、『札幌区史』(明治四十四年)は明治二年(一八六九)で上荒井村・下荒井村・中島村を篠路村に、『篠路村史』では上シノロ・下シノロ・中島村・荒井村を合わせ篠路村と称したとあるが、いずれも伏篭川流域を指すことは同じである。
 明治十三年から十七年にかけて、村内に興産社、山田開墾(後の山口開墾)、当別太、烈々布の部落ができ、石狩川治水工事(明治四十三~昭和六年)の完了に伴い拓北、福移、中野、沼の端が加わった。
 現在の篠路町は札幌市に編入になった昭和三十年三月に発足したが、町内の旧地名と対比すると、本村→篠路、五ノ戸(中島村)→上篠路、茨戸→茨戸、烈々布(中島村)→太平、釜谷臼・興産社・山口・大野地→拓北、当別太→福移、中野・沼の端→中沼という変遷が見られる。
 サケ・マス漁場として始まった篠路は幕末ごろから農地として発展し、現在は全面的に宅地化が進んでいる。

篠路神社

 1855年安政2年)幕臣荒井金助直盈(なおみつ)が従者一二人を率い、北辺警備のために移住して篠路村の基を開き、若宮八幡(江戸)の分霊を奉斎し八幡神社を創祀したのに始まる。
1901年(明治34年)現在の祭神(伊勢両宮祭神2柱)を増祀し無格社となる。
1927年(昭和2年)村社に昇格。
1966年(昭和41年)~1979年(昭和54年)烈々布天満宮、太平神社、山口金刀比羅宮、拓北伊夜日子神社を合祀。
毎年9月8日が例祭、獅子舞が奉納される。

札幌市内では最も古い神社の一つといわれてます。

境外神社として中沼神社、福移神社、十軒神明宮、茨戸天満宮があります。

 【御祭神】
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
品陀別大神(ほんだわけのおおかみ)
保食神(うけもちのかみ)
菅原道真公(すがわらみちざねこう)
大物主神(おおものぬしのかみ)
崇徳天皇(すとくてんのう)
天香山命(あめのかぐやまのみこと)

篠路神社(北海道神社庁サイト)

左:大正5年測図の地形図では何本もの川が集まる場所でもあり湿地もあって開墾には苦労を伴ったことが伺えます。

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第一鳥居奉納者芳名碑と御造営記念碑

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馬像が隅の方にひっそりと置いてありました。(それも四肢がカットされて。。。)

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参道右隣の小さな鳥居(英霊讃勲)と奥にある平和顕彰碑

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元は忠魂碑だったが終戦直後GHQの命令により撤去され、表面を削り取って平和顕彰碑と彫り直して再設置したものらしい。

御朱印

拝殿左側の社務所前に大きな駐車場があります。

御朱印社務所玄関のチャイムを鳴らすと対応して頂けます。

初穂料は300円。

書き手は若い方でした。

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