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藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。


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【御朱印】空知郡上富良野町 上富良野神社

上富良野神社(かみふらのじんじゃ)は北海道空知郡上富良野町宮町1丁目4番26号 にある神社で旧社格は村社。御祭神は天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)で例祭日は8月1日。

 富良野盆地の中では一番最初に開拓された土地であり、神社も創建時には富良野村総鎮守として富良野神社と呼ばれていた時期があって、後に下富良野(現富良野市)、中富良野を分村したことで、上富良野神社となった経緯があります。

 神社は上富良野駅から離れた市街地にあり両脇には上富良野小学校及び上富良野中学校がある区画に位置します。

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上富良野町

 上富良野(かみふらの)はかつて富良野村としての中心地であった時代があり、明治28年に伊藤喜太郎が中富良野付近に単独入殖しますが、村としての開基は明治30年の三重団体の入植が始まりです。その後少し遅れて明治32年公爵島津候による島津農場が開設され村の発展に寄与します。

 1899年(明治32年)富良野村戸長役場設置。美瑛~上富良野間の鉄道開通(上富良野駅開業)。

 1903年(明治36年)富良野村南部の下富良野村(現在の富良野市)を分村し、富良野村を上富良野村と改称しました。1917年(大正6年)には上富良野村南部の中富良野村(現在の中富良野町)を分村。1926年(大正15年)に十勝岳大噴火(死者・不明者144名)が起き泥流などの被害により三重団体ほか開拓地は大きな被害を受けます。

 曽田政治氏(曽田香料の創始者)が1940年(昭和15年)にラベンダー16.4haの栽培 (札幌市南ノ沢)を始めラベンダーオイルの抽出に成功すると1948年(昭和23年)には上富良野でも委託される形でラベンダー栽培が始まりました。その後上富良野町に蒸留工場ができ、富良野地区にラベンダー畑が広く広まっていきました。

 富良野の地名由来はアイヌ語でフラヌイ<hura-nu-i>臭気・を持つ・もの(川)〈この名は富良野川がもとであった。松浦氏は「川はの源が現在の十勝岳であるため、臭気が鼻をつき」と書いた。〉が転訛したものです。その富良野川の上流にあるので上富良野と名付けられました。

大正8年測図地形図 嶋津農場の文字が見えます。

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上富良野神社

以下は北海道神社庁サイトから。

【由緒】
 当神社明細書に「明治35年創祀以来富良野神社と称し、富良野村総鎮守たりしが、下富良野村分村以来上富良野神社と号す」とある。当地が未歌志内戸長役場管轄下であった明治30年4月に開拓入植第1陣・三重県人の団体入植以来、全国各地より団体・個人の入植が順調に増加し、明治32年5月『富良野村』として戸長役場の分離独立にいたるまでに各入植地毎に小祀を奉祀していたが、上富良野村史旧原稿によると、明治35年3月、「当時本村は富良野村と称し現今の南富良野までの区域なりしが、役場所在地なる本市街地に氏神なきは遺憾なりとし、…中略…更に協議を重ね富良野総鎮守として社殿を建設することに決し、…後略…」とあり、社殿を建設、天照皇大神を奉斎し以て創祀となす。大正9年5月18日、内務省北社第2号を以て無格社として創立を許可される。大正12年8月7日、内務省北社第7号を以て村社に列せられる。
【所在地】
〒071-0552 空知郡上富良野町宮町1丁目4番26号
電話 0167-45-2139
【例祭日】
8月1日
【祭神】
天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
【旧社格】
村社
【社宝等】
神輿(昭和27年)

名前が刻まれた石碑が2つあり右には申酉会、左には巳午年会(申酉や巳午という干支はないので年は不明)

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石灯籠(昭和十●年八月建立)

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道路を挟んで二ノ鳥居

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少し進むと右に行く道があり忠魂碑などがある区画に行く所にも鳥居があります。

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参道両側に碑があり左は幸魂の碑と右には和魂の碑とあります。

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三ノ鳥居

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神輿庫

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献神碑(昭和十六年辛巳年会とあります)

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手水舎 手水鉢には昭和十三年巳月(昭和13年4月)とあります

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狛犬(昭和3年8月建立) 右側の阿形の狛犬の鼻には繭が出来ていて鼻栓しているように見えます(笑)

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石灯籠(大正14年8月建立、島津農場寄贈)

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お祭りや三が日の時の授与所

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忠魂碑の区画にある御神水の源とある井戸

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明治三十七八年 戦役凱旋紀念碑(建立日不明)説明板があるのは珍しいです。

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忠魂碑(大正7年7月建立)題字は日露戦争時第7師団長だった陸軍大将 大迫 尚敏(おおさこ なおはる)の書。

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御朱印

不在の時の書き置き対応(文字だけ印刷ですがハンコはちゃんと押してあります)はありがたいです。

初穂料は300円を納めさせて頂きました。(書き置きの上に説明があってその台が奉納箱になっています)

筆ペンが備えられていて日付記入はセルフで緊張しますね。御朱印ありがとうございました。

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www.moiwa-orosi.com


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