藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。


スポンサードリンク
 

【御朱印】札幌市北区 江南神社

江南神社(こうなんじんじゃ)は北海道札幌市北区屯田7条6丁目2番25にある神社です。

「江南」の語源は篠路兵村入植の当時は、石狩川の本流が現在の茨戸川であり、茨戸、花畔地区を貫流していたことから、誰となく川の南、江南という地名(俗称)が生まれ、石狩川の南岸に位置する神社として「江南神社」と命名された。(江南神社HPから)

屯田地区

 屯田(とんでん)は札幌市北区にある地名で、1889年(明治22年)7月に徳島・熊本・福岡・山口・和歌山・福井・石川の七県から、士族220戸(1056人)の屯田兵が入植し篠路屯田兵をつくりました。

 この兵村は札幌に於いて、琴似・山鼻・新琴似についで最後に入植した屯田兵です。(屯田兵第1大隊第4中隊)

 兵村の区画割りは、石狩街道(南北方向)と直角に約600メートル間隔に作った4本の道路があり、南から一番通り、二番通りと名付けられ兵屋はこの両側に配置されました。

中心は中隊本部がある三番通りです。

 当初、篠路屯田兵村は札幌村外四カ村戸長役場の所轄でしたが、1896年(明治29年)4月に篠路村に編入されて、一般農村地域と一元化されます。

 1906年(明治39年)4月には、兵村地域のみが琴似村に移管されて琴似村大字屯田となります。(兵村の特殊事情があり、一般農村と違って軍隊組織が根幹で、独自の制度を持っていたからです。)

 1955年(昭和30年)琴似町が札幌市と合併し、その後の区制施行により札幌市北区屯田となり、町名に兵村の面影を残すことになりました。

 札幌市域内の四兵村のうち、正式な町名として「屯田」を称するのはここだけです。

 現在は急速に宅地化が進み、道営住宅や市営住宅が建ち並ぶ新興住宅地として、北区でも人口増加が著しい地区のひとつです。

江南神社

 1891年(明治24年徳島県出身などの屯田兵が、その守護神として中隊本部内に創祀したのが江南神社の始まりです。

1896年(明治29年)社殿を新築、無格社となる。

1910年(明治43年)村社に昇格となる。

1935年(昭和10年)社殿の老朽により、新社殿を造営する。

1978年(昭和53年)開基九十年事業により新社殿などを造営。

【御祭神】
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
大國魂命(おおくにたまのみこと)
日本武尊(やまとたけるのみこと)

境内には屯田兵にまつわる史跡があり、それぞれが北区歴史と文化の八十八選のうち、「3.森と歴史の道〈屯田コース〉」に選定されています。

江南神社(北海道神社庁サイト)

左:大正5年測図の地形図には一番通から四番通の両側に兵屋があり篠路屯田兵村の形がよくわかります。下部に見えている六番通は新琴似兵村の区画です。

f:id:ksn-bee:20180610003556p:plain

f:id:ksn-bee:20180519005719j:plain

望郷のアカマツ(1894年(明治27年屯田兵中隊本部が各戸に配ったアカマツとオンコの苗木の内、現存する4本のうちの1本)

f:id:ksn-bee:20180519005729j:plainf:id:ksn-bee:20180519005728j:plain

f:id:ksn-bee:20180519005731j:plain

f:id:ksn-bee:20180519005738j:plainf:id:ksn-bee:20180519005735j:plain

f:id:ksn-bee:20180519005742j:plainf:id:ksn-bee:20180519005744j:plain

f:id:ksn-bee:20180519005749j:plain

屯田地神碑

f:id:ksn-bee:20180519005752j:plainf:id:ksn-bee:20180519005755j:plain

屯田開基九十周年記念顕彰碑(左)と篠路兵村「移住記念碑」1896年(明治29年)建立(右)

f:id:ksn-bee:20180519005759j:plain

f:id:ksn-bee:20180519005809j:plainf:id:ksn-bee:20180519005806j:plain

f:id:ksn-bee:20180519005812j:plain

f:id:ksn-bee:20180519005814j:plain

御朱印

f:id:ksn-bee:20180519012315j:plainf:id:ksn-bee:20180519012321j:plain

f:id:ksn-bee:20180519012326j:plainf:id:ksn-bee:20180519012329j:plain

神社裏手に専用駐車場(砂利)があり、そこに駐車してから徒歩で街路歩道を回り込みます。

拝殿左に社務所があり中に入って呼びかけると対応して頂けます。

初穂料300円。

f:id:ksn-bee:20180519012339j:plain

 

屯田開拓顕彰広場

江南神社の道路を渡った左隣にあり、第4中隊本部跡に作られた開拓に関する碑が集まっている広場です。

f:id:ksn-bee:20180520222223j:plain

f:id:ksn-bee:20180520222224j:plain

屯田兵第一大隊第四中隊本部跡の碑   屯田の開拓を進めた第四中隊の本部が建っていた地点を明確に示すため、屯田開基百年を機に昭和63年(1988年)に建てられました。

f:id:ksn-bee:20180520222342j:plain

戦没者顕彰碑   日露戦争満州事変・太平洋戦争で戦没者となった地域出身31名を慰めるために建てられました。1988年(昭和63年)7月建立。

f:id:ksn-bee:20180520222402j:plain

・忠魂碑   かなり古くて字が読めなくなっており、日露戦争の戦死者を慰めるために建てられたと思われる。建立日不明。

f:id:ksn-bee:20180520222418j:plain

・篠路兵村開拓碑   明治22年(1889年)、篠路村(現屯田)に屯田兵が兵村を開設したのを記念し、開基40周年の1928年(昭和3年)9月建立。

f:id:ksn-bee:20180520222435j:plain

f:id:ksn-bee:20180520222450j:plain

・水田開発記念碑   農業経済を立て直そうと始められた水田開発から45年になるのを記念し建てられました。1958年(昭和33年)建立。

f:id:ksn-bee:20180520222508j:plain

屯田兵顕彰之像   この地を開拓した屯田兵の功績をたたえ、屯田開基100年記念の際に建てられました。1988年(昭和63年)7月建立。

f:id:ksn-bee:20180520222521j:plain

・馬魂之像   農耕に尽くして倒れた馬魂の慰霊碑です。屯田開基100年を記念し建てられました。1988年(昭和63年)7月建立。

f:id:ksn-bee:20180520222642j:plain

f:id:ksn-bee:20180520222640j:plain

<


スポンサードリンク