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藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう 最近ちょっとお疲れ気味。

天塩郡豊富町兜沼 兜沼神社

兜沼神社(かぶとぬまじんじゃ)は、北海道天塩郡豊富町兜沼にある神社で神社本庁包括外の未公認神社です。御祭神は天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)、春日大神(かすがのおおかみ)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)で例祭日は7月25日。

令和8年(2026)4月30日参拝

神社は兜沼集落北方の高台にあり、境内はエゾエンゴサク(蝦夷延胡索)がたくさん咲いてましたが、歩く場所は鹿の糞だらけで踏まないように歩くのに苦労しました⋯

兜沼地区

豊富町史から要約

 兜沼方面は、豊富町の北部やや中央に位置し、南部にはサロベツの大原野が展っており、元の名称がサルペットウという沼周辺の地がゆえ沼の端と言われていた。大正一三年、宗谷線の一部開通とともに兜沼と呼称し、サラペットウは、兜沼駅方面から望見すると、あたかも兜の形に似ているというので沼の名も兜沼と称した。『アイヌ語地名解』(更科源蔵)には、アイヌ語でペライサルトーと呼ばれていた沼で、ペライは魚を釣ることであり、サル・トは葦原の沼の意であると述べている。アイヌの音吉は、もともと抜海に居住していたことから、兜沼方面の地理にも精通していたので開拓上大いに貢献した。本村開拓の第一歩がここから始められたのも、音吉が先住していたことが一つの要因となっている。

明治三十五年六月、梅村庄次郎が入殖に先立ち周辺を調査。
翌三十六年四月、梅村庄次郎を団体長とする岐阜団体一二戸が入地するが、あまりにも過酷な土地のためその年の半ばに全部の者が去り、梅村庄次郎は音吉のもとで独り開墾に従事、数年を経た明治四十年四月郷里から家族を呼び寄せた。(本村の開拓の始まり)

明治三十八年七月阿部良吉、三十九年に工藤多喜太、安孫子惣次郎、春日井文四郎、菅野寅之助、堀栄助がそれぞれ入地。
明治四十三年、工藤多喜太を団体長とする山形団体一八戸が兜沼附近に入植

沼向には明治四十年春、阿部安蔵を団体長とする相馬団体三〇戸のうち、六戸すなわち早川亥之助、米倉竹蔵、阿部米蔵、田中己之助、山下届蔵、大越某が入植し、開拓の緒についた。

昭和七年~二十四年ごろまでは、稚内市の桑原酉之助がこの部落内に澱粉工場を設置し、昭和二五年~二九年までは、阿部小一が土地、工場とも一切買収し一部改造し経営。その後は、京都の中村幹が譲り受けて三か年ほど経営。このように昭和七年から澱粉工場が設置されていたので、農産物の主体は馬鈴薯に置かれていたが、その後澱粉も他の穀物も安値が続き、急速に酪農経営に転換されていった。
酪農の機械化と規模拡大により昭和四十七年度には、牛の飼育頭数も三〇〇頭に達した。

参考文献:『新天地の天塩』『豊富村誌』

兜沼の地名由来は和語であり
元々の名はアイヌ語のペライサㇽト<peray-sar-to>釣りをする・ヨシ原の・沼
であるが沼は和人入植後、「サロペットウ」「サルベットウ」「サロベツ湖」などの名称で呼ばれ、沼のほとりに出来た和人入植地も「沼の端」の和名で呼ばれ、駅から見た沼の形が兜の鍬形に似ていることから「兜沼駅」と命名されることとなり、地区名や沼の名も兜沼と呼ばれるようになった。

20万分1北海道実測切図(明治23年(1890)~)から切り抜き 未だ未開の地であり何もない。ペライサルトーと呼ばれる沼が見える。

大正12年測図、昭和3年鉄道補入地形図 鉄道駅(かぶとぬま)ができ集落も出来つつあるが、地名に沼ノ端と見える。

兜沼神社

北海道神社庁誌 第二章、神社本庁包括外神社 三、未公認神社の項から抜粋

兜沼神社(かぶとぬまじんじゃ)
【由緒】
明治四十二年に創建される。昭和五年に社殿の老朽化、また歌舞登神社境内が鉄道用地となった為に両神社を合併、歌舞登神社の御祭神、市杵島姫命を合祀し現在地へ奉遷し、社殿を造営した。
参考文献:『豊富町史』
【所在地】
豊富町字上サロベツサロベツ西一〇線三一七番地
【例祭日】
7月25日
【祭神】
天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)
春日大神(かすがのおおかみ)
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
【旧社格】
なし

入口脇には獣魂碑(平成五年十月吉日建之)

 

狛犬一対(奉納 昭和廿一年八月 阿部健吉)

【利尻研究 (28): 69-82, March 2009】
「宗谷管内所在の狛犬」から

兜沼神社(豊富町上サロベツ西 16 線) 
兜沼神社の創建は明治 42 年にさかのぼる.祭神は 天照大神と春日大神.昭和 5 年に社殿の老朽化のた めに,兜沼湖畔にあった歌舞登神社と合併し,同社の 祭神である市杵島姫命をともに祀ることになった.例祭 日は氏子一同の希望をいれ,毎年 7 月 25 日とされ, 現在に至るまで地域住民によって大切にお祀りされてい る. 兜沼神社は平成 2 年に社殿が新築されたが,狛犬 や鳥居,手水舎などは奉納された当時のままの姿をと どめている. 狛犬(図 11)は暗灰色の玄武岩質安山岩を石材と している.台座の上で蹲踞しているが,足を踏み外しそ うになっている.丸顔でユーモラスな表情がとても印象 的である.奉納者は阿部健吉.台座には昭和 21 年 8 月に奉納したことが刻まれている.終戦直後の厳しい 時期であるが,狛犬の明るい表情はやがて来る新たな 時代を見据えているかのようである. 
年代:昭和 21 年 (1946 )
奉納者:阿部健吉 
銘文:奉納 昭和廿一年八月 阿部健吉 
狛犬様式:

 

 

 

手水舎

手水鉢(奉納 昭和三十七年七月吉日 三島家)

 

エゾエンゴサク(蝦夷延胡索)

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