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藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう 最近ちょっとお疲れ気味。

【御朱印】天塩郡豊富町 豊富八幡神社

豊富八幡神社(とよとみはちまんじんじゃ)は、北海道天塩郡豊富町豊富上サロベツ1596-2にある神社で旧社格は無格社。御祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと)で例祭日は6月15日。

令和8年(2026)4月30日参拝

豊富町

1940年(昭和15年)9月1日に幌延村から分村して出来た町で、酪農が盛んな地域であり『豊富牛乳』のブランドでも有名ですね。

1869年(明治2年) 開拓使が設置される。
1878年(明治11年) 沙流村が設置される。
1909年(明治42年) 幌延外1ヶ村戸長役場が設置される。
1919年(大正8年) 幌延、沙流の両村を合わせて幌延村とし二級町村制を施行する。
1926年(大正15年) 現在の豊富温泉地区で、石油試掘中に天然ガスとともに温泉が噴出。豊富温泉の開湯。
1936年(昭和11年)11月 日曹鉱業により日曹炭鉱天塩砿業所開山。
1940年(昭和15年)9月 幌延村から大字が沙流村にあたる部分を豊富村として分村・独立し、二級町村制を施行する。
1947年(昭和22年) 三菱鉱業が豊幌地区で炭鉱採掘開始。
1948年(昭和23年)10月 留萌支庁から宗谷支庁に移動。
1950年(昭和25年)11月 天興、曙地区が稚内市へ移管され境界変更。
1959年(昭和34年)1月 町制施行、豊富町となる。
1968年(昭和43年)9月5日 昭和天皇、香淳皇后が道内を行幸啓。町内の天北西部地区国営草地改良事業地、芦川小学校などを訪問。
1972年(昭和47年)7月 日曹炭鉱閉山。
1974年(昭和49年)9月 サロベツ原野が国立公園に指定。
2005年(平成17年)11月 サロベツ原野がラムサール条約に指定される。

豊富町の地名由来はアイヌ語のイペコロペッと呼ばれた地を意訳したもので、北海道環境生活部アイヌ政策推進局アイヌ政策課「アイヌ語地名リスト」では以下の通り。

エベコロベツ=イペコロペッ<ipe-kor-pet>食物(魚)・を持つ・川
 パンケ(下の)とペンケ(上の)二つのエベコロベツ川が流れており、語義は左記のとおり。やちの中の泥川で、乗って行ったタクシー運転手も余り魚はいませんがねという。町名はエベコロベツの意訳だという。山田秀三地名考

20万分1北海道実測切図(明治23年(1890)~)から切り抜き 未だ未開の地であり何もない。ペンケエベコロベツとパンケエベコロベツが見える。

大正12年測図、昭和3年鉄道補入地形図 すでに豊富集落ができ鉄道駅もある

豊富八幡神社

以下は、北海道神社庁サイトから。

【由緒】
 豊富の先人嘉野農場主嘉野久三郎の実弟で柔道の祖として有名な嘉野治五郎の協力を得て明治40年に嘉野久三郎が京都男山八幡宮より御分霊を受け久三郎他7名の有志が相謀り豊富に神社が創建された。其の後幾多の変遷があったが現在地に鎮座された。嘉野久三郎の京都男山八幡宮創建年度については残された資料がある。
【所在地】
〒098-4110 天塩郡豊富町字豊富上サロベツ1596-2
【例祭日】
6月15日
【祭神】
誉田別命(ほんだわけのみこと)
【旧社格】
無格社

一ノ鳥居と社号標

右手に開拓記念碑(開道百年入殖六十周年記念 昭和四十三年六月十三日建立)

 

手水舎

手水鉢(奉納 紀元二千六百年 昭和十五年十月 天塩電燈株式會社)

 

 

石灯籠一対(昭和三十四年六月十五日建立)

 

二ノ鳥居と狛犬一対(建立年不明)

 

 

堅い灰白色の御影石(花崗岩)

奉納者は石村弥三郎ほか 10 名が刻まれている

 

御朱印

 

電話をかけ、隣りにある自宅にて奥様らしき婦人から書置きを頂きました。

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