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藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう 最近ちょっとお疲れ気味。

【御朱印】天塩郡幌延町 幌延神社

幌延神社(ほろのべじんじゃ)は、天塩郡幌延町幌延104番地にある神社で旧社格は無格社。御祭神は天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、軻遇突智神(かぐつちのかみ)、保食神(うけもちのかみ)で例祭日は7月15日。

令和8年(2026)4月29日参拝

神社は幌延市街地北側の道道256号豊富遠別線に面した尾根状の高所にあり、道路を挟んだ南側に幌延町役場、左隣には幌延町総合体育館があります。

自分のクルマ邪魔…

幌延町

幌延町は宗谷総合振興局管内にある町で天塩郡に属し、役場のある中心部は内陸の天塩川沿いにあるが西部のサロベツ原野を含む地域で日本海側に接する町です。2010年(平成22年)留萌支庁を留萌振興局に改組した際、天塩郡幌延町を宗谷総合振興局へ移管しました。
1878年(明治11年) 天塩国に、幌延村、天塩村、沙流村が誕生。(この時点では幌延に住民の居住はなく名称だけの村だったという)
1890年(明治23年) トイカンベツの天塩川沿いが御料地となる。
1898年(明治31年) 3戸13人居住。
1899年(明治32年) 下サロベツ原野に福井県団体15戸が入植。本願寺、天塩、法華宗の各農場が設置され、この年を幌延町の開基とする。
1909年(明治42年)4月1日 幌延村外一ヶ村(沙流村)戸長役場が大曲(現:元町)に設置される。
1919年(大正8年)4月1日 二級町村制を施行。幌延、沙流(さる)を併せて、天塩郡幌延村となる
1923年(大正12年)11月20日 天塩線(現・宗谷本線)誉平(現:天塩中川)-問寒別間開業。
1925年(大正14年)7月20日 天塩南線(現、宗谷本線)問寒別-幌延間開業。
1926年(大正15年)9月25日 天塩線(現、宗谷本線)幌延-兜沼間開業
1930年(昭和5年)9月10日 問寒別-上問寒間で殖民軌道開業(後の幌延町営軌道)。
1935年(昭和10年)6月30日 天塩線(後の羽幌線)幌延-天塩間開業。
1940年(昭和15年)8月2日 積丹半島沖地震によって発生した2mの津波により、オトンルイ地区(天塩市街の対岸)の番屋が流され11人死亡。
9月1日 大字沙流村地区以北を分村。天塩郡豊富村(現:豊富町)が発足
1952年(昭和27年)9月1日 簡易軌道問寒別線を村が買収。村営化。
1960年(昭和35年)9月1日 町制施行、天塩郡幌延町となる。
1967年(昭和42年)5月1日 天塩町との間で境界変更。
1971年(昭和46年)7月3日 幌延町営軌道問寒別線廃線式。(最終運行日は5月31日)
1980年(昭和55年)11月3日 町長、助役、議員団一行が原子力施設を視察。いわゆる「幌延問題」の幕開けとなった。
1987年(昭和62年)3月30日 羽幌線廃止。沿岸バスにバス転換。

幌延の地名由来はアイヌ語から来ているが、北海道環境生活部アイヌ政策推進局アイヌ政策課「アイヌ語地名リスト」では以下の通り。

ポロヌタプ<poro-nutap>大きい・野の出っ張り(川の湾曲)
 ホロノタフ(『丁巳日誌』){明治20年図を見ると、現市街地のすぐ南側で昔はサロベツ川が大きく湾曲していた所の名であるが、現市街地に戸長役場が置かれたのは、村設置から大きく遅れた明治42年になってからだという。}松浦武四郎

ポロヌプ<poro-nup>大きい・野原
 従来からこのように解釈されてきたが、元来はどこの地名だったかはっきりしない。明治の地図には、天塩川が海浜の後で左折する辺りにポロヌプと書いているが、あまりに辺地の小地名である。{ポロヌプは確かに辺地の小地名だが、明治11年幌延村と沙流村が設置されたときは住民皆無の名だけの村であったという。松浦図には海岸線にホロヌフ、シヤロロの記載があり、これから幌延村、沙流村となったとも考えられる。}山田秀三地名考

「東西蝦夷山川地理取調図」 松浦武四郎 安政六年 海岸付近にホロヌフがありホロノタフは2つ見える

20万分1北海道実測切図(明治23年(1890)~)から切り抜き

大正12年測図、昭和3年鉄道補入地形図 遷座前の神社が見える

幌延神社

以下は、北海道神社庁サイトから。

【由緒】
 明治36年4月木村藤太郎が有志と共に伊勢の神宮に参詣し、大宮司に請願して天照大神の御分霊を戴き5月ウブシ東2線北4号27番地に祠を設けて奉斎し、併せて他2祭神を祀った。大正5年小学校の移転に伴い現在の浄水場の所に移転した。この鎮座地は参道が長く且つ急斜面であり老幼の参詣に不便であったので大正13年頃現在の鳥居前付近に移転した。昭和2年2月の大雪で祠が倒伏したため、本殿拝殿が建設された。昭和4年3月氏子総会で神社の現在地への新築移転が決定され、昭和4年9月本殿・拝殿の造営が完了した。昭和10年創立が許可され無格社となった。昭和19年村社認可の模様の内報があったが、終戦となり村社昇格には至らなかった。
【所在地】
〒098-3223 天塩郡幌延町字幌延104番地
【例祭日】
7月15日
【祭神】
天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
軻遇突智神(かぐつちのかみ)
保食神(うけもちのかみ)
【旧社格】
無格社

石段の上に一ノ鳥居

鳥居裏に石灯籠一対(昭和五十三年七月十三日 幌延神社氏子一同寄進)

 

鳥居左隣に忠魂碑(昭和八年六月二十七日建之)

 

手水舎

手水鉢(奉納、世話人 中田鶴吉、紀元二千六百年 昭和十五年十月 天塩電燈株式会社)

 

狛犬一対(紀元二千六百年奉納)

 

 

 

御朱印

本務社である浜頓別神社にて戴いてきました

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