page contents

藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう 最近ちょっとお疲れ気味。

【御朱印】釧路市大楽毛 大楽毛(おたのしけ)神社

大楽毛神社(おたのしけじんじゃ)は、北海道釧路市大楽毛4丁目11にある神社で神社本庁包括外の神社です。御祭神は相馬妙見大神(そうまみょうけんおおかみ)、鶴岡八幡大神(つるおかはちまんおおかみ)、大山祇大神(おおやまつみのおおかみ)で例祭日は9月第2土、日曜日。

20歳の頃、初めて釧路に車で行くことがあり、釧路の手前にあるこの大楽毛が読めなかった思い出。(だ、だいらくもう???www)

 平成21年8月に改築工事(新築)が行われたキレイな神社さんで、裏手には王子製紙の工場敷地、隣にお寺さん、その隣に釧路市立大楽毛小学校があります。神社脇には社務所がありますけど無人です。

最初、カーナビで大楽毛神社がありましたので信じたら、案内された先は「釧路八幡宮」でした・・・

大楽毛(おたのしけ)地区

 1901年(明治34年)7月20日北海道官設鉄道の駅として大楽毛駅が開業。
戦後直後まで軍馬(釧路種)の一大集散地として発展し、戦後は本州製紙(現:王子製紙)釧路工場が近隣へ開設されると企業城下町として経済・社会の基盤が構成され地域経済が発展したが、その企業の盛衰が地域の盛衰に直結するのは仕方がないことか。

 地名由来はアイヌ語で、北海道環境生活部アイヌ政策推進局アイヌ政策課「アイヌ語地名リスト」では、
 オタノ<ota-noski> 砂浜・の中央(釧路から西の白糠地域にかけては砂浜の続きで、ここはその中ほどの所なので、こう呼ばれた。{山田秀三解説})

大正11年測図、昭和19年部分修正地形図

大楽毛神社

以下は、北海道神社庁誌、第二章 神社本庁包括外神社、二 単立神社 P.789より
【由緒】
 明治31年、細沼彦治・信成審助等六名が福島県から移住する際に、相馬郡の妙見神社の御分霊を拝戴し大楽毛駅からおよそ三km北西の地点に奉斎したことに始まる。昭和二十四年十月、地域産業の振興の神社として大楽毛駅前の地主、石井惣五郎・大内松次郎らが神社を大楽毛駅前通りに移転遷座した。昭和三十四年、本州製紙(現王子製紙)釧路工場が当地に進出し操業を開始する。当時、神殿の老朽化が甚だしく地元では新築の要望があったが、本州製紙が工場内に特定の神社を建立せず、「大山祇大神」を合祀することで建築資材を寄贈することとなり、昭和三十五年十一月五日拝殿が完成し、それを期に「八幡大神」を合祀する。昭和四十五年、区画整理事業により境内地が削られたため、現在地に社殿を移築する。昭和六十三年、本州製紙社有地・伸翁顕彰会所有地の寄贈を受け、同年七月十五日宗教法人として認可される。平成九年九月五日には社務所が竣功、例祭で創祀百年、宗教法人化十年、社務所落成記念の式典が盛大に執り行われた。
【所在地】
〒084-0917 北海道釧路市大楽毛4丁目11番10-1
【例祭日】
9月第2土、日曜日
【祭神】
相馬妙見大神(そうまみょうけんおおかみ)
鶴岡八幡大神(つるおかはちまんおおかみ)
大山祇大神(おおやまつみのおおかみ)
【旧社格】
-

狛犬一対(建立年不明)

 

石灯籠一対(昭和36年9月吉日建立)

 

手水舎(おしゃれな水盤ですね)

 

 

御朱印

本務社の釧路八幡宮にていただきました。

お忙しい中ありがとうございました。

www.moiwa-orosi.com