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藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう 最近はほとんど気楽な食レポが多いです。

磯谷郡蘭越町昆布町 昆布神社

昆布神社(こんぶじんじゃ)は北海道磯谷郡蘭越町昆布町76-1にあり神社本庁包括外の神社です。御祭神は天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)で例祭日は春季4月20日、秋季9月10日。

国道5号からJR昆布駅の東側にある踏切を渡り、100mほど行き右側の路地を曲がってからさらに120m程行った先の小高い上に神社が鎮座しています。

 駅のそばには町営の温泉宿泊施設である幽泉閣があり、昆布川温泉と名付けられていますが、有名な昆布温泉はここから車で15分から20分ほど行った山の中にあって紛らわしくて初見殺しですね(笑)

蘭越町昆布

以下は、蘭越町HPにある「まちの歴史」から昆布に関する記述を抜き出して掲載。
明治6(1873年)開拓使本庁から国・郡・村の調査のため福士成豊の一行が派遣され、尻別川尻を起点に昆布川合流点までさかのぼり、水路里程九里余、落差160尺であることを定めた。官庁による初めての実地測量であった。
明治31年 岩野長蔵、昆布川上流に200町歩余の土地の貸付けを受け、岩野第二農場とする。同 41年 昆布駅付近に約200町歩を購入、岩野第三農場とする。
明治32(1899年)5月27日尻別村を二分して、南尻別村と北尻別村を置くことが告示される。
明治33(1900年)目名(現名駒)より蘭越を通り昆布に至る国県道開通。
明治37(1904年)8月昆布神社(祭神天照皇大神)を創建。
同年10月15日北海道鉄道(現函館本線函館・小樽間)開通。村内に磯谷(現目名)、蘭越、昆布の3駅開業する。
明治44(1911年)8月23日皇太子(のちの大正天皇)、南尻別村を御通過。
大正11(1922年)7月30日摂政宮(のちの昭和天皇)、函館本線にて御通過。村内4駅は徐行。
昭和3(1928年)3月秩父宮、昆布温泉(青山温泉不老閣)にご滞在
昭和5(1930年)8月17日昆布に競馬場を設け、第1回の競馬を行う。昭和6年8月19日 第2回競馬会(以降中止)。
昭和18(1943年)3月昆布鉱山業所(所長天野時次郎)、昆布市街に事務所を設置し、ニセコアンベツ川の上流(南尻別村字ニセコアンベツ)より鉄鉱石を採掘、索道を使って昆布駅に搬出する(昭和19年閉鎖)。
昭和29(1954年)8月29日天皇・皇后ご巡幸。
同年11月20日南尻別村を蘭越村と名称変更し、それを町とすることを告示(12月1日施行)。
昭和34(1959年)町営温泉(昆布川温泉)「幽泉閣」営業を始める。
昭和41(1966年)9月昆布神社の社殿造営。

 昆布の地名由来はアイヌ語ですが意味がはっきりとせず、山田秀三著「北海道の地名」(S59、北海道新聞社)によると、『蘭越町、ニセコ町と胆振支庁豊浦町にまたがる地名。川名、山名。山中に昆布はおかしい。永田地名解は昆布川の上にある昆布岳について「コンポ・ヌプリ。昆布の・山。往古海嘯の時此山上に昆布多くありたるに名くと」と地名説話らしいことを書いた。北海道駅名の起源は「トコンポ・ヌプリ(小さなコブ山)から出たものである」と説明した。何か判然としない地名である。
 なお、昆布川の源流から山を越えて、噴火湾の大岸、豊浦に出る道がある。古くからの交通路であったろう。』としています。
 また、北海道駅名の起源(S48、国鉄北海道総局)では昆布駅の項で、『アイヌ語の「トコンポ・ヌプリ」(小さなコブ山)から出たものである。むかし大津波のときコンブがこの付近にかかったなどという伝説があるが、これは昆布という字に無理にこじつけた話であって、もとコンポヌプリを混保岳と書いたものであり、コンプと関係があったわけではない。』とあります。
 昆布岳は標高1045.1mの山であり、いくら大津波でも山に海の昆布があるわけでもなく、山頂部がコブのようにポコンと突出している山容に特徴があり「トコンポ・ヌプリ」(小さなコブ山)が一番合っているような気がします。

大正6年測図地形図 神社記号は無いが丸印の微高地に昆布神社がある

昆布神社

神社本庁包括外神社なのでネット上では御祭神を始めとする由緒などが転がっておらず調べてみました。
以下は北海道神社庁誌(1999、絶版) 第二章、神社本庁包括外神社 三、未公認神社の項から。
【由緒】
明治三十七年、町内有志が現在地に創建したことに始まる。
【所在地】
蘭越町昆布町四七九番地(〒048-1302 北海道磯谷郡蘭越町昆布町76−1)
【例祭日】
4月20日、9月10日
【祭神】
天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)

 

社号標(昭和51年9月10日建立)

 

石灯籠一対(昭和51年9月吉日建立)

 

狛犬一対(昭和46年9月建立)

 

石灯籠一対(昭和17年?9月建立)

 

手水舎(コンクリート製水盤は昭和16年の文字あり)

 

隣には小さめの自然石の手水石

参道挟んで対面にも自然石の手水石(昭和19年9月吉日奉納)

 

離れた所には資材庫

 

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