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藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう 最近はほとんど気楽な食レポが多いです。

磯谷郡蘭越町 蘭越八幡神社

蘭越八幡神社(らんこしはちまんじんじゃ)は、北海道磯谷郡蘭越町258-7にある神社で神社本庁包括外神社です。御祭神は神功皇后(じんぐうこうごう)で例祭日は9月8日。

 神社は、国道5号と道道229号北尻別蘭越(停)線との交差点を尻別川の方へちょこっと行った先にあり、隣には蘭越町役場があります。

蘭越町

 蘭越町(らんこしちょう)は尻別川流域の町で稲作が盛んであり蘭越米のブランドでも知られていますね。また、温暖な気候であるとともに特別豪雪地帯にも指定されています。

以下は、蘭越町HPにある「まちの歴史」から蘭越に関する記述を抜き出して掲載。

明治28(1895年)石川県人加藤長九郎ら数戸旧蘭越に入地、開墾に着手する。
明治29(1896年)石川県人藤原与三松、中川喜太郎ら18戸、旧蘭越に入地、現豊国橋左岸に在住していた村田三太郎の小作人となる。
明治31(1898年)加藤長九郎、村田三太郎らと話合い、佐奇神社(石川県)から祭神を分領、旧蘭越に八幡神社(祭神神功皇后)を創建(現蘭越八幡神社)。
明治32(1899年)5月27日尻別村を二分して、南尻別村と北尻別村を置くことが告示される。
明治33(1900年)目名(名駒)より蘭越を通り昆布に至る国県道開通。
明治36(1903年)北海道鉄道株式会社、倶知安・熱郛間(第4工区)の鉄道敷設工事に着手。
明治37(1904年)10月15日北海道鉄道(現函館本線函館・小樽間)開通。村内に磯谷(現目名)、蘭越、昆布の3駅開業する。
大正2(1913年)9月14日~15日降霜あり。この年の稲作皆無、畑作も三分の凶作となる。
大正11(1922年)7月30日摂政宮(のちの昭和天皇)、函館本線にて御通過。村内4駅は徐行。
昭和11(1936年)8月16日蘭越に忠魂碑(侍従武官長陸軍中将宇佐美興屋書)を建立、除幕式を行う。
昭和24(1949年)7月11日蘭越市街大火。104棟、109戸全焼。罹災世帯120世帯。
昭和29(1954年)8月29日天皇・皇后ご巡幸。
同年11月20日南尻別村を蘭越村と名称変更し、それを町とすることを告示(12月1日施行)。。

昭和59(1984年)11月10日蘭越町忠魂碑現在地に移転。昭和61・9「平和の礎 戦没英霊銘」を台座にきざむ。

 蘭越の地名由来はアイヌ語で、山田秀三著「北海道の地名」(S59、北海道新聞社)によると、『ランコ・ウ・イ<ranko-ush-i> (桂・群生する・処)から来た名。同名が千歳市内等にもある。』とあります。

大正6年測図地形図 地図上に神社記号は無い

蘭越八幡神社

神社本庁包括外神社なのでネット上では御祭神を始めとする由緒などが転がっておらず調べてみました。
以下は北海道神社庁誌(1999、絶版) 第二章、神社本庁包括外神社 三、未公認神社の項から。
【由緒】
 蘭越八幡神社は、加賀の国の住人加藤長九郎(天保十四年生)が仁三郎を伴って明治29年渡道、明治三十一年石川県石川郡三塚村字神合に鎮座する郷社佐奇神社より村田三太郎外加賀県人に譲り之を分ち蘭越四番地の一七に小祠を建て今日に及ぶ。
【所在地】
蘭越町蘭越二五六番地(〒048-1301 北海道磯谷郡蘭越町258−7)
【例祭日】
9月8日
【祭神】
神功皇后(じんぐうこうごう)

一ノ鳥居を過ぎると狛犬一対(平成元年9月吉日建立)

 

石灯籠一対(昭和14年9月吉日建立)

 

灯籠の隣に置いてある謎の石

神輿庫?

小規模神社にしては立派な手水舎(水盤は昭和4年6月吉日献之)

 

授与所?

神社裏手の町役場敷地には立派な忠魂碑と恒久平和の誓い碑があります

忠魂碑(侍従武官長陸軍中将宇佐美興屋書、昭和11年8月建之)

 

恒久平和の誓い碑

 

 

 

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