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藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。


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【御朱印】函館市(旧南茅部町)川汲 川汲稲荷神社

 川汲稲荷神社(かっくみいなりじんじゃ)は北海道函館市川汲町272にある神社で旧社格は無格社。御祭神は宇迦廼御霊命(うかのみたまのみこと) 、大物主神(おおものぬしのかみ)で例祭日は6月23日前後の土日。

 旧街道に面して建ってる一ノ鳥居は、ステンレス製で陽光によってキラキラと輝いていてカッチョイイです。

 参道を奥に進むと、沢水か湧き水が流れる音なのかゴボゴボとすごい音を立てていまして、あまり落ち着いて参拝という訳にもいきませんでした。

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 川汲村には安永2年(1773年)、能登国の人加我屋金左衛門が生国七尾村より稲荷社を勧請して祀ったという。また、寛政5年(1793年)に小板屋久兵衛が讃岐国に至り、金毘羅宮より勧請して一社を建て、のちに川汲稲荷神社に合祀した(明治9年合祀)。

 川汲(かっくみ)の地名由来はアイヌ語のカウンイ(カコクニ)<kakkok-un-i>カッコウ・いる・所、から来ています。

 付近を流れる川汲川の上流には温泉地と川汲山道があって函館方面に抜けるルートとなっており、明治元年森町鷲ノ木に上陸した旧幕府軍のうち、土方歳三率いる一隊は海岸線を砂原、鹿部、臼尻と南下し川汲峠の要害を夜襲にて占領後に五稜郭に入城しています。その後、川汲峠要害には榎本軍によって砲台が設けられ台場山と呼ばれています。

ステンレス製の一ノ鳥居

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手水舎

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赤い二ノ鳥居

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境内でもひと際大きい松の木は幹周り1.5mほどあります

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石灯籠(明治26年8月建立、川汲若者中とあります)

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狛狐(建立年不明)

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狛犬(大正13年元旦建立)

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御影石の石灯籠(昭和59年9月建立)

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 神社には数々の絵馬が奉納されていて、その中でも【川汲稲荷神社奉納絵馬「楠木正成正行父子桜井驛の別れの図」 】は函館市有形文化財に指定され、函館市川汲町1520-4(南茅部総合センター)にあるようです。

 説明:文久2年(1862)に奉納された武者をあしらった貴重な絵馬で、本道に残る江戸時代の絵馬として特徴的で優秀な作品である。

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川汲稲荷神社奉納絵馬「楠木正成正行父子桜井驛の別れの図」

御朱印

本務社の尾札部稲荷神社で受けることが出来ます。

初穂料は300円。

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www.moiwa-orosi.com


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