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藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。


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【御朱印なし】石狩郡当別町 対雁通相馬神社

対雁通相馬神社(ついしかりどおり そうまじんじゃ)は北海道石狩郡当別町対雁38番地にある神社で旧社格は無し。御祭神は天之御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)。例祭日は9月12日です。

 当別町の地名になっている対雁通とは、現江別市の旧豊平川と石狩川との合流点付近の地名の対雁(ついしかり)から通ずる道路(現在の国道275号一部区間)から名付けられました。明治5年(1872)、当別に仙台藩岩出山伊達家の家臣団が苦難の末、入植したのち明治12年(1879)に第3次入植50戸がこの地に入り開拓を始めました。

 対雁の地名由来はアイヌ語のツイシカラ<tui-isikar>(石狩川の・切れた所)やトエイシカラ<to-e-isi-kar>(ぬまが・そこで・曲流する、回流する沼《蛇行部分の三日月湖を指す》)から来ていて、よく和名の津石狩(石狩川の交易港があったとかの当て字)とかもありますが、そもそも津石狩のほうが呼びやすいのに何で対雁という読みにくい名前になったの?という疑問は誰も考えないのでしょうね。最初からアイヌ語の言葉の発音から対雁になったのが正解でしょう

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大正5年測図、昭和10年修正地形図

現在地には神社の記号はありませんね。街道と並行して江別~当別間にあった江当軌道が見えます。(昭和2年開業~昭和11年廃止)

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対雁通相馬神社

以下は、北海道神社庁サイトから。

【由緒】
 創立明治42年11月3日。旧岩出山藩第3次移民50戸が明治12年に入植した。
神の奉斎は当時馬が最重要な農耕に必要なものであったので豊平の相馬神社より受けたとも言われ一方入植の際に奉持して来たとも言われるが不明である。
合併により合祀された歴史を持つ御祭神相馬神社 天之御中主大神、相馬神社御分霊 明治42年9月12日創祀。昭和29年12月改築。

【所在地】
〒061-0215 石狩郡当別町対雁38番地
【例祭日】
9月12日
【祭神】
天之御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ) 

狛犬(昭和27年9月建立)

大きな玉に乗った狛犬は鼻が大きいですね。

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手水鉢(奉納年不明、當別村對雁通と刻まれています)

1947年(昭和22年)7月1日には当別村は当別町になりました

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石灯籠(昭和22年9月建立)

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