藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。


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【御朱印】函館市(旧椴法華村)新八幡町 椴法華八幡神社

 椴法華八幡神社(とどほっけはちまんじんじゃ)は北海道函館市新八幡町30番地にある神社で旧社格は村社。御祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと) 倉稲魂命(うがのみたまのみこと) 火之迦具土命(ひのかぐつちのみこと)で例祭日は8月12日

 椴法華は渡島半島東端にある集落で(厳密にはさらに東に元村という江戸時代はじめに松前藩の知行地であった漁村がある)、ここに来たのは2回目ですが最初は恵山からの帰り道にただ通過しただけという(笑)だって、観光地でもなく何も用事もないですから・・・

 地名由来はアイヌ語でトケ<tu-pok-ke>(山の走り根・の下・の所) 椴法華は恵山の山裾が高い岬になって突き出している所の西側に位置する。から来ています。

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椴法華八幡神社

 『椴法華八幡神社明細書』では、飯田与五左衛門が延宝年間(1673-1681)に宇佐八幡より勧請して神社を創立し恵山山頂に奉祀、社号を恵山八幡宮と称す。文化初年頃高田屋嘉兵衛・秋田屋茂吉等、老人婦女子が参詣困難なるため現今ノ社地を撰定する。とあり、また、『北海道旧纂図絵』では、八幡神社、や志里浜(矢尻浜)右尾札部領に勧請年号不詳、享保二年(一七一七)八月十五日、藤山四代右京村中倶の再立とあり、享保2年(1717)に亀田八幡宮の宮司藤山氏4代目によって再建されたとあります。

以下は、北海道神社庁サイトから。

【由緒】
 延宝年間飯田與五右衛門と云う者の創立と伝えられる。当時は活火山恵山山頂に奉祀。社号を恵山八幡宮と称え奉るが、老人婦人子供の参拝が困難なので、高田屋嘉兵衛が現在地に移転したと言う。神社名変更の年代不明、村社列格年月不明、大正7年9月21日供進指定神社となる。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
元村稲荷神社 倉稻魂命 文政年間創祀 明治43年9月14日合祀
秋葉神社 火之迦具土神 昭和22年10月18日合祀
【所在地】
〒041-0601 函館市新八幡町30番地
電話 0138-86-2455 FAX 0138-86-2480
【例祭日】
8月12日
【祭神】
誉田別命(ほんだわけのみこと)
倉稲魂命(うがのみたまのみこと)
火之迦具土命(ひのかぐつちのみこと)
【旧社格】
村社

石灯籠(年代不明)

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手水石(大正6年8月奉納)

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ブロンズ狛犬(昭和4年5月建立)奉納者は廣島縣備後國深安郡上竹田村の人

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木鼻は獅子鼻

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宮彫りの龍はキレイに着色されています

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御朱印

 参拝後、特徴のある色の社務所兼住宅に寄るも不在で、丁寧に書いたつもりのお願いの手紙と、ポチ袋に入れた初穂料と、スマートレターを置いて帰りましたら、後日ちゃんと御朱印を送って下さりました。

御朱印ありがとうございました。

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古い絵葉書写真にある神社は、石段の直ぐ側に社殿が建っており、また、ブロンズ狛犬があることから昭和初期の時代の写真なのでしょう。 

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