藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。


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【御朱印】北見市端野町 端野神社

端野神社(たんのじんじゃ)は北海道北見市端野町二区470番地にある神社で旧社格は村社。御祭神は天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)。例祭日は9月15日。

 屯田兵第四大隊第一中隊が入植し端野兵村(下野付牛兵村)を形成し中隊本部のあった二区の練兵場西北側公有地に創立されたものです。それまでの端野兵村では野付牛兵村(現:北見市)にある護国神社(後の野付牛神社→現在の北見神社)に参拝していました。

旧端野町

 端野町(たんのちょう)は、かつては常呂郡端野町であったが、2006年(平成18年)3月5日に北見市、常呂町、留辺蘂町と新設合併し北見市となりました。地名由来はアイヌ語で「ヌプ・ケシ〈nup-kes〉(野・の末端)」や「ヌプ・ホン・ケシ〈nup-hon-kes〉(野・の腹・の末端)」からその語意を訳したと言われています。

 1886年(明治19年)屯田兵本部長永山武四郎による全道巡回調査で、北方ロシアの脅威からオホーツク海沿岸を防衛する必要性が出来て、北見・上湧別地域に第四大隊の配置が決定されました。

 1897〜1898(明治30〜31年)にかけて、北見地域へ第一中隊端野兵村、第二中隊野付牛兵村、第三中隊相内兵村、上湧別地域へ第四中隊上湧別兵村、第五中隊湧別兵村という編成で屯田兵村が配置され、端野兵村には総戸数200戸が入植しました。出身県別では富山・石川・福井・岐阜が大半を占めます。

 1898年(明治31年)9月に起きた大水害により端野兵村一区はほとんど水没し、現在の国道沿いの高台に集団移転することになります。

 1909年(明治42年)2級町村制施行により野付牛村(現:北見市)となり、1921年(大正10年)には、野付牛町から分村し「端野村」が誕生します。2006年(平成18年)に北見市、常呂町、留辺蘂町と市町村合併し新「北見市」となりました。

大正13年測図地形図 端野兵村の一区~三区があり兵村の形がまだ残っています。一区は移転後の姿ですね。

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端野神社

以下は、北海道神社庁サイトから。

【由緒】
 明治30年6月7日、翌31年9月移住の屯田兵村は、当時屯田兵第4大隊第1中隊と称し、戸数200戸が兵役を兼ね開拓に従事した。開拓3年目に屯田兵一同の願出に依り祭神の協議を謀り大隊長陸軍歩兵中佐小泉正保の命を奉じ、代表が伊勢神宮に参籠し、明治33年8月仮宮を造営し、9月15日例祭を執行したのに始まる。昭和2年4月創立許可、同17年5月昇格、現社殿は昭和12年3回目の改築による。

【所在地】
〒099-2102 北見市端野町二区470番地
電話 0157-56-2102 FAX 0157-56-2355
【例祭日】
9月15日
【祭神】
天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
【旧社格】
村社

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石灯籠(昭和12年9月)

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手水舎

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於原始林屯田兵學科場跡の碑(大正13年9月)

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狛犬(昭和3年11月建立)

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御朱印

駐車場は神社右側の通りをぐるっと回ると広い駐車場があり、奥に社務所もあります。

初穂料は300円。

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北海道神社庁網走支部管内の神社マップもいただきました。

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 端野町祖霊社

 端野神社の左隣には祖霊社があり現在は祀られていないようですが、過去ここに合祀された方々は、開拓功労者(元屯田兵)・戦没者・開発功労者で合祀祭・斎宮祭・例大祭なども行われていたそうです。
 敷地内には石灯籠一対(端野村遺族会)、手水舎(手水石はS3/11)屯田開拓風致地区の碑、2つの開村紀念碑(T7/7・S22/6)、屯田開拓顕彰像(裏面には入植した人々の名が刻まれています)、加藤弥四郎翁像(村議会長)、屯田兵練兵場跡碑、開発功労者之名碑、戦没者之名碑、忠魂碑があります。

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石灯籠

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屯田開拓風致地区の碑(昭和56年11月)

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開村紀念碑(昭和22年6月)

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屯田兵練兵場跡碑(大正14年9月)

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屯田開拓顕彰像(昭和41年12月)

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加藤弥四郎翁像(昭和41年12月)

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二本の大きな松の奥に社殿があります

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手水舎(手水石は昭和3年11月)

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開発功労者之名碑

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忠魂碑説明盤

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戦没者之名碑

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忠魂碑(大正13年9月)

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開村紀念碑(大正7年7月)

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