藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。


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【御朱印】室蘭市 室蘭八幡宮

室蘭八幡宮(むろらんはちまんぐう)は、北海道室蘭市海岸町2丁目9-3にある神社で、旧社格は県社。例祭日は8月15日。

1874年(明治7年)に漂着したクジラを売った代価を神社の造営費用に充てたことから「鯨八幡」と呼ばれたそうです。

室蘭市

 室蘭(むろらん)は『鉄のまち』として有名ですが、地名の語源はアイヌ語の「モ・ルエラニ」(小さな・下り路)に由来していて、明治時代は「モルラン」とも呼ばれていました。 和人が住み着いたのは1600年頃(慶長年間)に松前藩がアイヌとの交易の為「エトモ場所」を設置したことによります。

 1856年(安政3年)に蝦夷地警備の必要性から東北各藩に命じ南部藩による出張陣屋が設置されます。(史跡 東蝦夷地南部藩陣屋跡モロラン陣屋跡)

 1870年(明治3年)戊辰戦争に敗れた旧仙台藩角田領主・石川邦光の重臣・添田竜吉と弟の泉麟太郎を含む44戸51人が輪西村(チマイベツ(石川町・香川町)に27戸、本輪西・幌萌・知利別に17戸)に移住したのが集団移住の始まりです。

 1873年(明治6年)領主石川邦光の弟、石川光親が3戸を伴って移住。1881年(明治14年)にはさらに61戸211人が移住してきます。のちに農地が狭い理由から泉麟太郎など7戸24人は夕張郡アノロに移り住み現在の栗山町の基礎を築きました。

 1887年~89年(明治20年~22年)屯田兵220戸が輪西村(現・中島町、知利別、ペシボッケ)に移住入植します。土地の選定には軍事上の要衝が重要視され農耕地としての条件は軽視されました。なかでも、明治22年の第二次入植110戸は湿地帯であり満潮時には海水が上昇してくるために耕作に不向きで、のちに屯田兵の離散逃亡に繋がります。(明治34年に解隊されたときにはわずか10数戸しか残っていなかったそうです)

 1892年(明治25年)夕張鉄道が全線開通すると北海道炭礦鉄道会社(北炭)は石炭の積み出しの為、岩見沢~室蘭間に鉄道敷設すると室蘭港は石炭積出港として飛躍的に発展し地位的にも小樽を逆転します。その後北炭は鉄道の国有化における鉄道売却資金で製鉄所を建設し(現・(株)日本製鋼所、新日鐵住金室蘭製鐵所)日露戦争・太平洋戦争に於ける鉄鋼需要を支えます。また強制連行された朝鮮人および中国人労働者は4000人強居たとされた暗い歴史もあります。

 1945年(昭和20年)米海軍第34任務部隊による艦載機の室蘭空襲および戦艦等による艦砲射撃があり市街地や工場に重大な被害を受けます。

 かつては最大18万人以上だった人口も(道内で一番人口密度が高かった)現在は隣接市町村への転出があり(地価が安く面積も広いため)8万人強まで減っていて、昔の賑わいはあまり感じられなくなりました。

大正6年測図、昭和3年鉄道修正地形図から

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室蘭八幡宮

以下は北海道神社庁サイトから

【由緒】
 明治元年旧暦8月15日、室蘭郡支配総鎮守神社として函館八幡宮より御分霊を奉斎し、現市内崎守町に御創立。明治8年琴平神・保食神を合祀して現在地に御遷座、郷社八幡神社と称す。此の時噴火湾に寄り鯨漂い、漁民之《これ》を獲えて開拓使に買上を願い、その費用を用いて御造営御遷座執行の故を以て「鯨八幡」と愛称される。明治44年9月6日、大正天皇東宮として御登山港湾御展望の折、松のお手植あり。大正4年9月21日神饌幣帛料供進神社に指定。大正11年7月23日、昭和天皇攝政宮殿下として行啓の折先帝陛下の御跡尋ねられ水松の御手植在らせられる。大正13年8月14日県社に御昇格。昭和13年御大典記念事業の御社殿大造営竣功。昭和21年宗教法人設立。昭和27年現社名に変更。昭和43年御鎮座百年記念事業の南参道改修工事竣功。平成4年御大典記念事業の表参道、車参道改修工事竣功。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
トッカリムイ神社 保食神 明治8年8月合祀・ベキリウタ神社 琴平神 明治8年8月合祀

【所在地】
〒051-0022 室蘭市海岸町2丁目9番3号
電話 0143-22-2428 FAX 0143-23-6800
【例祭日】
8月15日
【祭神】
誉田別尊(ほんだわけのみこと)
保食神(うけもちのかみ)
琴平神(ことひらのかみ)
【旧社格】

県社

【社宝等】
箱館八幡宮銘入朱塗瓶子、石斧、砲弾、神像、太刀「皇丸」(銘俊秀)、刀剣(5)、絵馬(14)

【特殊神事】
室蘭神楽(明治34年新潟県三條市伝承の三條神楽が伝播)平成10年5月7日室蘭市指定民俗文化財に指定
【境内外末社】
室蘭招魂社(むろらんしょうこんしゃ) 護国の英霊 現在はありません。
室蘭三吉神社(むろらんみよしじんじゃ) 藤原三吉命(ふじわらのみよしのみこと)

室蘭八幡宮(北海道神社庁サイト)

下から登ってみたかったので、旧室蘭駅舎の駐車場に停めてから階段を上ると一ノ鳥居が見えてきます。

これでもかというくらいに石段が多いのでゆっくり上りましょう。

市街図は室蘭市HPから公開されているものを加工

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途中から合流する南参道の石段は急でまっすぐ上ってきますのでキツそうですね。

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二ノ鳥居が見えてきたらもうすぐです。

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南條徳男先生像

南条 徳男(なんじょう とくお、1895年7月7日 - 1974年11月1日)は、北海道胆振支庁室蘭村(現・室蘭市)生まれ。仙台の東北中学校(現・東北高等学校)、第二高等学校を経て、1920年に東京帝国大学法学部独法科を卒業。弁護士となる。東大では岸信介と同期。建設大臣・農林大臣。大東文化大学の理事長・学長も務めた。

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中村廉次先生之像

中村廉次(なかむられんじ)は日本の港湾技術者。
「港湾工学の父」と呼ばれる広井勇博士の弟子で、室蘭港の建設に携わった。

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慰霊碑「昭和二十年艦砲射撃殉難者の御霊に捧ぐ」
室蘭空襲および艦砲射撃被害者四三六柱の慰霊碑です。終戦間近の昭和20年(1945)7月14、15日の2日間、アメリカ太平洋艦隊第38機動部隊による室蘭空襲と艦砲射撃が行われました。

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手水舎

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幸能舎(さちのや)守雄歌碑

初代宮氏、佐藤守雄の歌碑。佐藤守雄は安政2年(1855)山形県庄内藩鶴岡城下生まれで幼少時代から英才ぶりを発揮し短歌をはじめ俳句、川柳、漢詩に通じ書画、茶道にも造詣が深い人でした。

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三ノ鳥居

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大正天皇御手植の松と昭和天皇御手植の水松(イチイ)

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その裏には立派な桜の木が。

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神饌所(しんせんしょ)

神饌(しんせん)とは神様の食事のことであり、その食事の支度をするための社殿が「神饌所」です。

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神饌所に隣接してあった室蘭招魂社は遺族会の活動休止(高齢化及び会員数激減)と共に解体されていました。

忠魂碑
日清・日露両役の当市出身戦没者慰霊碑として、明治44年7月に建立

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招魂碑(灯篭)

個人が戦死された兄のために建立

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室蘭三吉神社(藤原三吉命を奉斎)

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測量山に向かう途中の八幡宮敷地内にある包丁塚

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御朱印

社殿裏手に数台が駐車できる場所があり、下から登るのが嫌な方はここに駐車できます。社務所は拝殿手前参道左手にあります。

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樹木の隙間から結構眺め良いですね^^;

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7/16・8/5と2回訪問ですが兼務社(結構多い)の例祭準備があり宮司さん多忙でいずれも不在でして御朱印は頂けませんでした。次は本社の例祭もあることだし、暫らく間空けてから電話確認してから訪問したいですね。(結構遠いし・・・)

2018/10/09再訪問

電話で確認後、参拝し御朱印いただきました。

最初社務所に寄るも、忙しいのでとやんわりと断られましたが、前日に電話で確認した者ですがと言うと御朱印頂けました。(書き置きでも良いので置いて下さると嬉しいのですがね・・・)

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