藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。


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【御朱印】常呂郡佐呂間町 佐呂間神社

佐呂間神社(さろまじんじゃ)は北海道常呂郡佐呂間町字宮前町96番地にある神社で旧社格は無格社。例祭日は9月25日。

佐呂間町

 佐呂間町(さろまちょう)のイメージはサロマ湖全体という感じに思っていましたが、実際にはサロマ湖は3町(湧別町、佐呂間町、北見市常呂町)に跨っていてその内の一つなのですね。町の中心部はサロマ湖から離れた内陸部の山間にあります。

 佐呂間町の地名由来はアイヌ語の「サロマペッ〈sar-oma-pet〉(葦原・にある・川)」から来ていて佐呂間別川のことを言います。元々は鐺沸(とうふつ)村「トプッ〈to-put〉(湖・河口)」でしたが1915年(大正4年)に佐呂間村に改称しました。

大正14年測図地形図 この頃はまだ国鉄湧網線(S28全線開通)はありませんね。

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佐呂間神社

以下は、北海道神社庁サイトから。

【由緒】
 明治37年4月岡山県より33名石川県より14名が本町に移住し、同年6月26日本町字北5線29号に小祠を建て、天照皇大神・大國魂神・大己貴神・少彦名神の4柱を奉斎した。大正13年9月27日内務省指令北社第10号により佐呂間神社の御創祀が認可せられ本町鎮護の産土神として御神徳を仰ぎ奉ることとなった。昭和18年春移転の議おこり、神苑9反6畝が奉献され同年6月着工、19年7月1日竣工御遷座の儀が執り行われた。

【所在地】
〒093-0501 常呂郡佐呂間町字宮前町96番地
電話 01587-2-3740 FAX 
【例祭日】
9月25日
【祭神】
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
大國魂神(おおくにたまのかみ)
大己貴神(おおなむちのかみ)
少彦名神(すくなひこなのかみ)
【旧社格】
無格社

一ノ鳥居

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狛犬

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二ノ鳥居

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手水舎

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昭和4年6月奉納

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石灯籠(昭和3年10月建立)

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狛犬(昭和3年10月建立)

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忠魂碑(台座は留辺蘂軟石です)日露戦争から太平洋戦争までの戦死された町内出身将兵244柱(建立時)+追加11柱の計255柱の名前が刻まれています。

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遷宮紀念碑(昭和38年9月建立)裏には社史が書いてあります

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御朱印

社務所付近に駐車できますが社務所は普段無人で、御朱印は管理されてる湧別神社で頂けます。今回は湧別まで行く時間がなく、またの機会に。

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