藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。


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伊達市 館山チャシ跡を訪問

館山チャシ跡は伊達市館山公園の丘陵先端部にあって、三方は崖で守られていて残る一方には二重の壕で区切られていますが、北側面は昔神社があったことから地形が改変されています。

公園の一番高いところにチャシ跡がありますが、写真右に見える細長い盛土地形は公園造成で出来たような感じがします。(だって防御上意味がない配置ですもの)

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遊歩道で壕の一部は埋められていますが、狭くなった所が堀切部でその先はチャシ郭内となります。

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左側の二重になっている壕(う~ん、やっぱり雪の積もる直前じゃないと写真では判りにくいですな。)

緩やかな弧を描いて斜面を下っています。

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橋を過ぎた後は急斜面を落ちていっています。

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右側の壕は内側に盛土的な地形がありますね

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右側の壕はそのまま急斜面に落ちていっています

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チャシ内平坦部先端からの風景

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伊達市教育委員会の調査では、チャシの築造年代は10世紀前半から1640年の間であることが分かった。ただ、遺物が出土せず、1640年からどれくらい年代をさかのぼるのかは不明。

2列に並ぶ幅約20メートルの溝が約100メートルにわたって延びていて、壕の深さは最大で6mにもなることがわかり、戦闘的な砦だったことが伺えます。

 


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