藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。


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【御朱印】樺戸郡新十津川町 新十津川神社(旧 玉置〈たまき〉神社)

新十津川神社(しんとつかわじんじゃ)は北海道樺戸郡新十津川町字中央37番地にある神社で旧社格は県社。御祭神は奈良県十津川の玉置神社5柱を奉斎。例祭日は9月4日。旧社名は玉置神社(たまきじんじゃ)

新十津川町

 新十津川町(しんとつかわちょう)は、1889年(明治22年)に起きた奈良県吉野郡十津川村での十津川大水害の被災民がトック原野に入植し新十津川村と称したことに始まり、今でも十津川村を「母村」と呼んで同じ町(村)章を用いています。

 1931年(昭和6年)10月には札沼北線、石狩沼田駅 – 中徳富駅(現・新十津川駅)間が開通し、1935年(昭和10年)札沼線が全線開通しました。

1972年(昭和47年)6月には札沼線、新十津川駅以北が廃止され、2019年に当別町北海道医療大学駅以北が廃止することで決定されました。

 そもそもこの街は、石狩川を挟んで対岸の滝川市に非常に近く、日常の生活や医療も依存度は滝川市のほうが高いので、新十津川町だけに限ると廃線決定は、そんなにダメージがないと個人的には思います。

大正5年測図、昭和10年鉄道修正地形図

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神社名は玉置神社となっていて、後述の由緒に出てくるシスン島の地名が見えますね。

新十津川神社

以下は、北海道神社庁サイトから。

【由緒】
 本社は明治22年奈良県十津川村の有する吉野郡一帯の豪雨により、生活の方途を失った人々が北海道へ移住する事に端を発し、明治24年1月14日に本村役場側に仮殿を設けて、奈良県十津川の玉置神社5柱の御分霊を奉斎した。同27年6月24日、本村上徳富のシスン島に仮殿を建築、同31年水害により現在の高台に奉遷し、同33年9月には社殿を造営、更に大正4年には現在地に社殿を新築した。母村、玉置神社は上代神武天皇がご東征の折玉置山で休まれたと伝えられ白河法皇9回、鳥羽法皇は20数回、後白河法皇は32回、後鳥羽法皇31回、後嵯峨法皇2回、亀山上皇1回という大変な数の参拝を数えると伝わる。本社は玉置神社と同名にて奉斎し大正4年に大正天皇ご大典記念として社殿を新築。その間明治28年8月24日公認神社として認可され、大正4年12月21日に村社、昭和5年8月に郷社、同18年1月15日に県社となった。さらに昭和42年社名変更をし新十津川神社となる。平成2年に鎮座100年を迎え母村十津川村より杉、桧材を奉納賜り本殿、社殿、廊下、社務所を改修、神饌所を新築、平成9年神前を横断する車道と2曲りしている参道を直線に改修し現在に至る。

【所在地】
〒073-1103 樺戸郡新十津川町字中央37番地
電話 0125-76-2542 FAX 0125-76-2542
【例祭日】
9月4日
【祭神】
國常立尊(くにのとこたちのみこと)
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
伊弉冊尊(いざなみのみこと)
天照大神(あまてらすおおかみ)
神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)
【旧社格】
県社

【社宝等】
刀剣(3)(「備前国忠吉作」「相模守藤原国綱」「無銘」)

【特殊神事】
獅子神楽

新参道正面

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石灯籠(昭和6年5月建立)

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一ノ鳥居

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狛犬(平成元年6月建立)表情や姿勢が素敵なお気に入りの狛犬です。

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手水舎

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二ノ鳥居

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石灯籠

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拝殿扉には小さな狛犬がありますが、左側がそっぽを向いてます。

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社殿左奥にあった御大典記念献木碑(大正4年11月)

もうただの雑木林にしか見えませんでした。

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境内から離れた左側には相馬大神碑

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鎮座百年記念碑

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神輿庫(大正9年6月・本村居住四國出身者)

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隣には四國出身者の奉納記念碑(大正9年9月建立)

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上徳富土功組合記念碑(大正15年6月)

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傍らには徳富高台尋常小学校跡の碑 明治28年~42年まで此処にありました。

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旧参道 こちら側には社号標もありますね

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石灯籠(明治32年9月建立)

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石階之碑〈大正8年9月)

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西村皓平翁顕彰之碑(昭和27年6月)開拓功労者なのですね

http://www.town.shintotsukawa.lg.jp/kanko/detail/00000536.html

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旧参道は鍵型に曲がっています

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旧参道鳥居

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狛犬(大正4年9月)

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秋ですね~

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御朱印

主参道側に駐車スペースがあって社殿右側に社務所があります。

兼務社も多いことから不在がちなので、電話連絡の上、参拝し御朱印頂くのが確実です。

自分も電話してから伺いました。

初穂料は300円。

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