藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。


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【御朱印なし】檜山郡江差町 江差厳島神社

江差厳島神社(えさしいつくしまじんじゃ)は北海道檜山郡江差町の鴎島(かもめじま)にある神社で、元は弁財天社と云い弁天様が祀られています。

松前藩の歴史書である「福山秘府」には、元和元年(1615年)回船問屋仲間が海上安全の願いをこめ、弁財天社として建立とあります。北前船関係者、商家の信仰をあつめ、明治元年(1868年)に厳島神社と改称されました。境内には文化11年(1814年)に建立された松尾芭蕉の句「いかめしき音やあられの檜笠」をしるした碑があります。

鴎島に行く途中に目立つ朱色の鳥居があります。奥にあるのは瓶子岩(へいしいわ)で姥神大神宮と関わりがあります。

2015年(平成27年)4月に厳島神社建立400年を記念して建立されたものです。

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厳島神社の鳥居

天保9年(1838)に、加賀国橋立(石川県加賀市)の船頭たちが寄進した石鳥居

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左:天保九年戊戌三月吉日右:奉納 加州橋立船頭中

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浪切鳥居遺構(なみきりとりいいこう) 北海道檜山振興局HPから

 天保年間、回船問屋仲間が海上安全・商売繁盛を祈願し鴎島弁天社(厳島神社)社前の大鳥居とともに北端の「テッキャシ」の波打ち際の岩盤上に浪切り鳥居として建立しました。
 明治初年の大嵐に倒壊したものを昭和初年、築港工事中に一部引き上げ境内に遺構を保存したものです。

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方向石の手水鉢(ほうこういしのちょうずばち)北海道檜山振興局HPから

 北前船の最終寄港地としての江差は「入船3千出船3千」「江差の5月は江戸にもない」とうたわれるくらいの繁栄を極めていました。この北前船取引は、航海の安全が命であり江差回船問屋・村上三郎右衛門は航海安全・商売繁盛を祈願しこの手洗鉢を寄進しました。この方向石の設置により、かもめ島は日和山とされ、北前船の運行に貢献しました。
 江差の3大祭りのひとつ、「かもめ島まつり」には、海上安全・豊漁祈願・商売繁盛等を祈願し、御輿が御座船で海上渡御する神事がみられます。

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安政六年(1859年)と書いてあるのか?

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十二支方位が刻まれています。

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狛犬(明治32年5月建立)

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もっと見たかったのですが、しつこいスズメバチが警戒行動していたので早々に退散です。


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