藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。

【御朱印】江別市 錦山天満宮

錦山天満宮(にしきやまてんまんぐう)は北海道江別市野幌代々木町38番地1にある神社で旧社格無格社。例祭日は9月17日。

江別市野幌(のっぽろ)

 江別市大麻地区、野幌地区、江別地区の3地区に大きく分けられ、野幌の名はアイヌ語で「野の中を流れる川」を意味する「ヌプ・オル・オ・ペツ」か、「濁った所」を意味する「ヌプル・オッ」に由来する。

 開拓の始まりは1885年(明治18年)に江別兵村と隣接したこの地に、屯田兵138戸、翌年には87戸の計225戸が入植して野幌兵村を形成したことに始まります。

 野幌屯田兵の多くは九州・中国地方の出身者が多く、冬場は氷点下20度を下回ることも珍しくないこの土地での生活は非常に苦労したことでしょう。

 兵村では麦・豆類、馬鈴薯などの他に養蚕と麻の栽培が勧められ、野幌駅の鉄道沿線一帯に桑園、大麻(おおあさ)方面には麻畑が広がっていました。大麻の地名は、当時札幌寄りを「大曲」、野幌寄りを「麻畑」と呼んでいたので、その頭文字を組み合わせて「大麻」と名付けたと言われています。

 野幌屯田は、当初第一大隊第四中隊でしたが、1887年(明治20年)江別に本部を置く第三大隊第二中隊となっています。兵村の中央部、現錦山天満宮の位置(野幌代々木町)に第二中隊本部が置かれました。

 1891年(明治24年)江別の屯田兵は予備役に編入されて滝川に本部を置く第二大隊に所属し、1895年(明治28年)から後備役になっています。

写真:現役終了記念(明治24年 第二中隊本部前)[江別市教育委員会HPから]

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錦山天満宮

以下は北海道神社庁サイトから。

【由緒】
 明治18年、翌19年、九州各県・山口・広島・岡山・鳥取の各県から野幌屯田兵の入植により原始の密林を開拓し、入植者の「心のよりどころ」として明治22年伊勢皇大神宮から御分霊を奉斎したのが始まりである。昭和62年には御鎮座百年を迎えた。
創祀当時は「錦山神社」として野幌地域の鎮守、五穀豊穣の神として崇拝されていた。
昭和48年、九州太宰府天満宮から菅原道眞公の御分霊を奉戴し、錦山天満宮と改名して以来「天神さま」の御神徳を仰ぎ今日に至る。平成2年には、太宰府天満宮より御神納の梅の苗木を賜り、境内には梅園が造成された。また、受験シーズンになると、近くの中学・高校生を始め道内各地の受験生が合格祈願に訪れる。

所在地】
〒069-0817 江別市野幌代々木町38番地1
電話 011-383-2467
FAX 011-383-3894

【例祭日】
9月17日
【祭神】
天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
菅原道眞公(すがわらのみちざねこう)
【旧社格

無格社

【HPアドレス】
http://www.nishikiyama.or.jp/

 錦山天満宮(北海道神社庁サイト)

左:大正5年測図地形図 右:現在

現在地に遷座する前の神社が載っていました。

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 包丁塚と忠霊塔(日露戦争では、村岸次郎准中尉以下71名が江別・野幌両兵村から招集されて、多くの戦死者を出しています。)

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屯田兵二世の歌碑と神社史碑

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二ノ鳥居

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石灯籠(昭和16年建立)

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石灯籠(明治29年建立)

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手水舎

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どっしりとした感じがする狛犬昭和14年建立)

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明治25年奉納の割れた古い手水鉢

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社殿右奥に行くとある牛魂之碑と地神碑

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御朱印

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参道左側の市道に南参道の縦看板があり入ると広い駐車スペースがあり社務所もあります。

授与所窓口で声掛けすると対応していただきました。ちょうど宮司さんが出かける準備を始めるときでギリギリセーフでした。

初穂料は300円。オリジナル御朱印帳もあります。

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屯田兵第三大隊第二中隊本部跡

神社敷地に隣接する場所に第二中隊本部だった建物が江別市屯田資料館として保存公開されています。

元々は錦山天満宮のある場所にあったのですが、ここに移築してきたものです。見学したかったけど平日は休館なのですね・・・

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建物裏には江別第三大隊本部にあった被服庫がこれもまた移設されてあります

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