藻岩颪に豊河の流れ。

名前:べえべえ 生息地:ほっかいどうでっかいどうはいどうどう ほとんど気楽な食レポが多いですが北海道内のダム訪問・ダムカード収集・神社訪問・御朱印収集にも目覚めてしまいました。


スポンサードリンク
 

【御朱印】札幌市東区 苗穂神社

苗穂神社(なえぼじんじゃ)は札幌市東区本町2条3丁目5番35号にある神社で旧社格無格社です。例祭日は9月5日です。

本町地区

 1870年(明治3年)山形県の酒田、新潟県の柏崎から188戸がこの地に入植し、その年はちょうど庚午(かのえうま)の年であったので「庚午一の村」と称しますが、翌年4月、岩村通俊判官によって苗穂村と改めました。

 苗穂(なえぼ)とはアイヌ語の「ナイ・ポ」「ナイボ」「ナイホウ」で、子である川、小さな川の意であります。

 その後も湧水が多く低湿地帯でもあったため開発はなかなか進みませんでしたが、1890年(明治23年)に豊平川に東橋が架けられてからは急速に発展し始めます。

 1902年(明治35年)4月1日、札幌村、丘珠村、苗穂村雁来村が合併し札幌村となり、この地は札幌村字苗穂となる。

 1910年(明治43年)には苗穂工機部(現JR北海道苗穂工場)付近が札幌区に編入、1934年(昭和9年)4月1日には雪印乳業(現雪印メグミルク)付近が札幌市(札幌市苗穂町)に編入された。

 1955年(昭和30年)3月1日札幌村と札幌市が合併するにあたり、札幌市苗穂町札幌村字苗穂の関係が問題になり、混乱を防ぐために札幌村字苗穂が札幌市東苗穂町になりました。

 本町は旧東苗穂町(札幌村字苗穂)の一部であり、1967年(昭和42年)9月12日の区画整理の終了に伴って行政上正式な町名となる。

 地理的には雁来町、東苗穂町に囲まれた細長い地域であり、地元民はこの本町地区を上苗穂と言っていました。

苗穂神社

 地域が発展し始めた頃、心の拠り所としてお社設立を願うようになり、1897年(明治30年)8月、札幌神社(現北海道神宮)から少彦名神の分霊を受け苗穂神社が創建されます。

1898年(明治31年)5月10日、社殿落成。

三吉神社の兼務社です。

【御祭神】
少彦名神(すくなひこなのかみ)

苗穂神社(北海道神社庁サイト)

左:大正5年測図地形図 右:現在

f:id:ksn-bee:20180609233540p:plain

f:id:ksn-bee:20180521225210j:plain

f:id:ksn-bee:20180521225230j:plainf:id:ksn-bee:20180521225233j:plain

f:id:ksn-bee:20180521225236j:plainf:id:ksn-bee:20180521225241j:plain

戦勝紀念碑(裏面には明治三十七八年と刻んであり日露戦争に由来と思われる。)隣のピースポールがなんとも言えない。

f:id:ksn-bee:20180521225251j:plainf:id:ksn-bee:20180521225327j:plain

岩田徳治翁顕彰碑岩田建設の創始者で地域発展の功労者の一人)

f:id:ksn-bee:20180521225331j:plain

二ノ鳥居

f:id:ksn-bee:20180521225338j:plain

手水舎の手水はフクロウをひねると蛇口から水が出ます。

f:id:ksn-bee:20180521225345j:plainf:id:ksn-bee:20180521225346j:plain

f:id:ksn-bee:20180521225356j:plain

f:id:ksn-bee:20180521225358j:plain

f:id:ksn-bee:20180521225402j:plain

御朱印

車で来る時はグルっと回って、神社裏手から入るとすぐ駐車スペースがあります。

拝殿左側にある社務所は普段無人がちですが、管理の人がいる時はチャイムを鳴らして、用件を述べると対応して頂けます。(訪問2回目~)

書置きタイプですがありがたいですね。(昔はなかったようです)

初穂料は300円です。

f:id:ksn-bee:20180521225404j:plain

書置きタイプにはこの糊(消えいろPiT)がとても良いですよ。糊の水分でシワシワになる事も無くて貼りやすいです。

軽く貼ったら上からあて紙を敷いて中心から外側に空気を抜く要領で伸ばしてください。

以前、愛国神社の書置きを水分の多い糊で貼ったら、ちょっとみっともなくなりました・・・

f:id:ksn-bee:20180521225406j:plain


スポンサードリンク